最新記事

監督インタビュー

話題作『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督が語るフランスの現実

2020年3月7日(土)19時00分
大橋 希(本誌記者)

映画『レ・ミゼラブル』の物語では、犯罪防止班(BAC)3人の警官らしからぬ振る舞いがトラブルの元に (C)SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

<パリ郊外の犯罪多発地区を舞台にした『レ・ミゼラブル』は、フランス社会のさまざまな暗部をさらけ出す>

昨年5月のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、今年の米アカデミー賞国際長編映画賞の候補にもなった話題のフランス映画『レ・ミゼラブル』が日本公開中だ。

パリ郊外のモンフェルメイユを管轄する警官と、黒人少年たちの確執を描くこの作品は、新鋭のラジ・リ監督の長編デビュー作(脚本も担当)。舞台となったモンフェルメイユはビクトル・ユーゴーの小説『レ・ミゼラブル』の舞台の1つで、今は低所得層が多く住む、犯罪多発地区。監督自身が生まれ育ち、今も暮らしている街でもある。

映画には彼が実際に体験し、見聞きしてきた出来事が詰め込まれており、フランス社会のさまざまな問題が浮き彫りにされている。リ監督と、「市長」役を演じたスティーブ・ティアンチューに話を聞いた。

◇ ◇ ◇


――舞台となったモンフェルメイユはあなたが生まれ育った街。どんな場所かを紹介してほしい。

ラジ・リ:フランスのパリ郊外のゲットー(低所得者居住地域)で、ヘロインなどドラッグの密売や暴力的な行為のある地区だ。ビクトル・ユーゴーがなぜモンフェルメイユを『レ・ミゼラブル』の舞台の1つにしたのか知っている? 実はユーゴーは不倫をして、流刑の地としてモンフェルメイユに送られ、そこで『レ・ミゼラブル』を書き始めたんだ。

もともと非常に治安の悪い、「社会のクズ」みたいな人間が集まる場所だった。幸い70~80年代に市街地開発計画ができ、新しい棟が建てられるようになった。だから僕が住んでいるボスケ団地はとても新しい地区になっている。でもそれ以外では、うらぶれた場所がいっぱい残っている。

――モンフェルメイユを題材にしたドキュメンタリーも撮っているが......。

リ:ドキュメンタリーもフィクションも、映画であることに変わりはない。1本のフィルムを通してメッセージを伝えたいという思いは、どちらでも同じ。もちろん、ドキュメンタリーはアイデアを数行書いて撮影を展開させていく、フィクションは脚本をしっかりと書いて役者に演じてもらう、という方法論の違いはある。でも僕にとっては両方のジャンルとも映画であることに変わりはない。

webc200307-france01.jpg

「市長」役のスティーブ・ティアンチュー(左)とラジ・リ監督 Hisako Kawasaki-NEWSWEEK JAPAN

――自身の経験が反映されているというが、具体的にはどんなことろが?

リ:全てがそうだ。冒頭のサッカー・ワールドカップの優勝で人々が歓喜に沸くところ、ラストの出来事も、僕自身が住んでいた場所で実際に目にした光景だ。

――先ほど「社会のクズ」という言葉が出たが、この映画と重なる05年のパリ暴動事件の頃、ニコラ・サルコジ内相は郊外の若者たちを「社会のクズ」と呼び捨てた。

リ:暴動の火に油を注いだのが、まさにサルコジだった。郊外を標的にして、社会の分断を煽り、いわゆる白人社会の団結に必要な「強い大統領」としてのし上がっていった(07年5月就任)。

例えば05年の暴動のきっかけとなったのは、サッカーの試合の帰りに警察に追われた少年が変電所で感電死した事件だった。それをサルコジはあえて、彼らは盗みをしたから警察に追いかけられた、と話を捏造した。自分が火をつけておきながら、ほかのやつが火をつけたから僕は消防士の役を務める、と言うようなものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中