【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

彼らは、韓国訪問が許されない「朝鮮」籍の在日コリアンである私に興味を持ったし、私にとって彼らは生まれて初めて接する「最も遠かった国、韓国」そのものだった。

当時韓国は金泳三(キム・ヨンサム)大統領から金大中(キム・デジュン)大統領に移行した後の時期。彼らは「軍事政権時代なら、元朝鮮総連幹部の娘のヨンヒさんと親しくしたというだけでソウルに帰った途端に空港で捕まったかも」と笑っていた。全く違うバックボーンを持ったコリアン同士、私と彼らは好奇心をぶつけ合い友情を育んだ。

magSR191008yangyonghi-5.jpg

HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

私は、愛国教育や共同体意識から距離を置き、「個」を確立しようともがいていた彼らに共感した。軍事政権、学生運動、戒厳令を経験し、戦争が終わっていない国で生きてきた彼らに比べて、日本で育った自分が子供っぽく思えたりした。

彼らは、植民地時代を踏まえながらも優れた科学技術と文化を誇る日本を「民主主義と自由がある先進国」であろうと敬っていたし、日本についてよく勉強していた。個人が幸せになるために国はどうあるべきか、を真剣に考える彼らの姿は私にとって新鮮だった。

ニューヨーク生活から日本に戻った私は「普通の」パスポートが必要だった。両親の戸籍が済州島にあったため、韓国籍を取得するのが早道だった。2004年以降、韓国パスポートを持ってソウルや釜山、済州島を訪れた。空港での入国審査のたび「韓国人」の列に並ぶと不思議な気分だった。生まれ育った国で「外国人」とカテゴライズされながら40年以上生きた。国籍を取得した韓国もまた外国のようだった。

私が韓国籍を取得し15年が過ぎた。その間、発表した作品が「問題」となり、北朝鮮に入国できなくなった。家族を描く映画を作るたび家族に会えなくなるという矛盾を抱えながら、家族が暮らす平壌と地続きの韓国に通った。休戦中という南北の分断は、私の人生に大きく影響している。

magSR191008yangyonghi-6.jpg

HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

文在寅政権発足以降の変化

現在は新作映画『スープとイデオロギー』完成を目指し、ソウル郊外のアパートに滞在しながらスタッフと編集作業を進めている。高層マンションが林立する住宅街での生活は発見と感心の連続で、変化し続ける韓国を毎日体感している。

朝、ニュース専門チャンネルを見ながらヨガをするのが日課だ。短いニュースでも取材者、撮影者、編集者の名前とメールアドレスが明記される。医療事故や新技術に関するニュースは医療専門記者がリポートするなど、専門分野を持つ記者も多い。全てが署名記事であるのは新聞も同じで、韓国では常識である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中