最新記事

シリア情勢

シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された──その複雑な事情とは

2018年9月20日(木)19時40分
青山弘之(東京外国語大学教授)

その過剰一般化の最たるものが「反体制派」というマジックワードだ。

シリア内戦は当初、政府と反体制派の二項対立として描かれ、イスラーム国が台頭して以降は三つ巴の戦いと評された。それにより、反体制運動や武装闘争を行う雑多な集団、さらには彼らの支配下での生活を選んだ人々が、反体制派という言葉で十把一絡げにされてしまった。反体制派の内実に踏み込み過ぎると、複雑なシリア情勢がかえって理解しづらくなるというのが、過剰一般化の主な理由だった。だが、反体制派の実態に目を向けなければ、戦闘がどのように終息しようとしているかは理解できない。

反体制派と総称されてきた雑多な集団は、独裁に対して立ち向かう「フリーダム・ファイター」などではなく、アル=カーイダ系の「テロ組織」にハイジャックされて久しい。これが実態であって、それがもっとも顕著なのがイドリブ県なのだ。

イドリブ県は、2015年3月にファトフ軍を名のる武装連合体によって反体制派の支配下に入った。この連合体は、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、トルコマン・イスラーム党、ジュンド・アクサー機構などからなり、これらはいずれもアル=カーイダの系譜を汲んでいた(表を参照)。

表 反体制派の実態
aoyama_gra1.jpg出所:筆者作成。

ファトフ軍に構成した武装集団はその後、アスタナ会議への対応などをめぐって離合集散を繰り返し、現在は二つの陣営に再編されている。

第1の陣営は、シャーム解放機構(旧ヌスラ戦線)を軸とする主戦派で、トルキスタン・イスラーム党、イッザ軍などからなる。これらの組織と一線を画す新興のフッラース・ディーン(日本人を拉致しているとされる集団)も主戦派に含めることができる(表を参照)。彼らは、イドリブ県、ハマー県北部、アレッポ県西部、ラタキア県東部で、シリア軍に対する抵抗を続けている。

第2の陣営は、シャーム軍団、シャーム自由人イスラーム運動、ヌールッディーン・ザンキー運動などからなる交戦回避派である。彼らは2018年6月、トルコの意向に沿うかたちで、国民解放戦線という新たな武装連合体を結成した(表を参照)。イドリブ県へのシリア軍の進攻に異議を唱え、徹底抗戦の構えを示し、シリア政府との和解を主唱する活動家や住民への粛清を続けている。だが、シリア軍に対して挑発的な行動はとらず、またシャーム解放機構の排除を主唱し、彼らと対立している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア軍の上陸艇を撃破...夜間攻撃の一部始終

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中