最新記事

シリア情勢

シリア 弾圧に曝される市民に寄り添うフリをしてきた欧米諸国の無力と敗北

2018年2月28日(水)17時50分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ロシアにとっての「テロリスト」

これに対して、ロシアにとっての「テロリスト」の筆頭は、シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放委員会だ。シャームの民のヌスラ戦線として知られた彼らは、2016年7月にシャーム・ファトフ戦線(シャーム征服戦線)に改称、その後2017年1月に、オバマ前政権が支援してきた「穏健な反体制派」のヌールッディーン・ザンキー運動などと統合し、現在の組織名を名乗るようになった。なおヌールッディーン・ザンキー運動は2017年7月にシャーム解放委員会を離反、今年2月18日にアル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動と統合し、シャーム解放戦線を名乗るようになった。

ロシアは、シャーム解放委員会に加えて、「アル=カーイダとつながりがある組織」も「テロリスト」とみなす。反体制派は現在、ダマスカス郊外県東グータ地方、イドリブ県南東部、ハマー県北部、アレッポ県南西部、クナイトラ県北部で抵抗を続けている。そのなかには、シャーム解放戦線、イスラーム軍、ラフマーン軍団、ナスル軍、イッザ軍、自由イドリブ軍、トルキスタン・イスラーム党などが含まれる。これらの組織は、いずれもロシア、トルコ、イランを保証国とするアスタナ会議の停戦プロセスを拒否し、シャーム解放委員会と共闘している。

ちなみに、これらの反体制派は、トルコから直接、間接の支援を受け、その一部は「オリーブの枝」作戦にも参加している。だが、ロシアは、これらの組織がトルコの監督のもとにロジャヴァに侵攻することについては黙認している。一方、トルコも、これらの組織が「オリーブの枝」作戦の枠外でロシア・シリア両軍の攻撃に曝されても、反発しない。

シリア内戦においては、当事者たちが「テロリスト」の定義をめぐって鋭く対立し、そのことが混乱を助長してきた。だが、ロシアとトルコ(そしてイラン)は、アスタナ会議を通じて、自らとは異なる「テロの定義」を黙認するしくみを確立したのだ。

漁夫の利を得るシリア政府

トルコが「オリーブの枝」作戦の開始を宣言してから1ヶ月が経ったが、アフリーン郡でのトルコ版「テロとの戦い」の成否については評価が分かれる。トルコ軍とその支援を受ける反体制派は、トルコのハタイ県に接するアフリーン郡の国境地帯のほぼ全域を制圧した(地図中の青で示された地域が制圧地域)。

だが、トルコ軍はシリア民主軍の激しい抵抗を受け、苦戦を強いられているとも言われる。アフリーン市では、ロジャヴァの呼びかけを受け、連日のように住民が大規模抗議デモを行い、徹底抗戦の構えを示している。またジャズィーラ地方からは、多くの若者が義勇兵として同地に押し寄せているほか、イスラーム国と戦うとしてYPGに従軍していた欧米諸国出身者も戦いに加わっている。

「オリーブの枝」作戦における制圧地域(2018年2月26日現在)
aoyama2.jpg

ここへ来てトルコにとって最大の「痛手」は、シリア政府がアフリーン郡に「人民部隊」と名づけられた民兵を進駐させたことだ。この動きは、ロシアの仲介によるシリア政府とロジャヴァの度重なる協議の結果として実現したものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中