最新記事

カタール危機

カタール危機で湾岸諸国が棚に上げる自分たちの出稼ぎ労働者問題

2017年8月4日(金)15時45分
ジェームズ・リンチ

カタールにとって厄介なのは、湾岸諸国の批判はダブルスタンダードではあるがフェイクニュースではないことだ。

カタールの出稼ぎ労働者の間では、強制労働が蔓延している。インフラ設備の建設に従事する南アジア出身の若者の間で、原因が説明されないまま多数の死者が出ている問題に対し、カタール政府は何ら本格に取り組む姿勢を見せていない。

危機が始まって以降、カタールの石油やガスの事業に従事する出稼ぎ労働者が、出国に必要な雇用主からの出国許可を拒まれたという確かな報告が寄せられている。危機による食料価格の高騰や不透明な経済状況が出稼ぎ労働者に与える影響に関も深刻だ。

カタールは、W杯の開催決定を受けて自国の労働環境に対する監視の目が強化されたことをチャンスと捉え、悪名高いカファラ制度を改正する代わりに、従来の制度のイメージ刷新を目指す広報活動に力を入れた。昨年12月には、カファラ制度と雇用主による出国許可を廃止するという嘘の表明をした。

出稼ぎ労働者の人権問題への批判を受けて歯切れの悪い反応を見せることで、カタール政府は湾岸のライバル諸国を利している。労働者たちのリアルな苦しみを、ライバルが自己都合で政争に利用し、搾取することを許している。

危機は改革のチャンス

カタールの国家元首タミム首長は、危機後初めての演説で、カタール国民でない住民らの連帯に感謝し、彼らの貢献を認めた。タミムが謝意を示す最善の方法は、彼らの権利を尊重することだ。

UAE国営ニュース局による報道から判断して、カタールのライバルたちは、国際労働機関(ILO)の場でカタールの労働問題をやり玉に挙げることを選びそうな兆候がある。ILOは今年11月の会合で、カタールが強制労働を取り締まる有効な対策を怠っていることに関して、新たに調査委員会を開くかどうかを検討する予定だ。そうした動きは、自分たちは出稼ぎ労働者の人権問題に取り組んでいると世界にアピールしてきたカタールにとって、大打撃となるだろう。

世界の目はカタールに向けられている。カタール政府が自分たちへの批判は当たらないと証明したいのなら、まさに絶好の機会だ

カタールはILOの助けを借りて、正真正銘の大胆な労働制度改革に同意すべきだ。その際はカファラ制度を抜本的に改正し、出稼ぎ労働者が雇用主に捕らわれなくてすむようにすることだ。労働者の死亡原因を追及する透明性のある捜査チームを立ち上げ、その問題に取り組む措置も必要だ。政治的危機に陥った現状における出稼ぎ労働者の権利も、湾岸諸国の国民と同等に拘束力を持って保障するべきだ。

もしカタール政府が別の道を選び、改革のふりだけを続けるなら、出稼ぎ労働者の虐待をめぐる人権問題は、カタールから政治的ライバルへの願ってもない贈り物となるだろう。

(翻訳:河原里香)

筆者は、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの国際問題副局長

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ゆうちょ銀、3月末の国債保有比率18.9%に CL

ビジネス

4月訪日外国人、19年比4%増 2カ月連続300万

ビジネス

4月末国内公募投信残高は前月比0.1%減の226.

ビジネス

みずほFGの今期純利益見通し10%増の7500億円
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中