最新記事

トルコ情勢

迫るトルコの国民投票:憲法改正をめぐる政治力学

2017年4月11日(火)15時15分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

「ナショナリズム同盟」の綻び

4月16日の国民投票まで1週間を切ったが、憲法改正の実現は五分五分と見られている(注:憲法改正に反対しているのは、最大野党の共和人民党とクルド系政党の人民民主党である)。賛成派が苦戦している要因の1つとして、思ったよりも民族主義者行動党の支持者の賛成票が伸びていない点が指摘されている。確かに、最近の2015年11月の総選挙の公正発展党と民族主義者行動党の総得票率は60.4%、公正発展党が単独与党となれなかった同年6月の総選挙の総得票率でも57.2%となる。

しかし、40議席を有しながら1月20日の憲法改正の承認でも造反者が見られたように、民族主義者行動党の議員および支持者の中にはバフチェリの公正発展党への接近を歓迎していない者たちもいる。バフチェリは党内での影響力を再度高めるためにエルドアン大統領と公正発展党に近づき、もし憲法が改正されれば新設される副大統領の職に就く可能性も指摘されている。しかし、もし憲法改正が承認されない場合、エルドアン大統領と公正発展党から名指しで批判されることは必至であり、党内での影響力も地に落ちるだろう。

クルド人を取り込む戦略

エルドアン大統領とビナリ・ユルドゥルム首相は民族主義者行動党の支持者が必ずしも憲法改正に賛成していない現状を受け、国内ではクルド人からより多く票を獲得する戦略も実行に移している(国外では、以前の「緊張が高まるトルコと西ヨーロッパ諸国」で触れた西ヨーロッパに住むトルコ人の票田の開拓を目指した)。あまり知られていないが、公正発展党に投票するクルド人は多い。クルド人と一口に言ってもイスラームに傾倒している保守的なクルド人もいれば世俗的なクルド人もいる。保守的なクルド人は公正発展党の重要な票田である。

ただし、2015年6月の選挙でクルド系政党の人民民主党が得票率を伸ばし、議席を獲得したこと、トルコ政府と非合法武装組織のクルディスタン労働者党(PKK)の間で進められていた和平交渉がとん挫したことを受け、公正発展党に対するクルド人の期待は減退した。ナショナリスト政党であり、クルド系政党とは相いれない民族主義者行動党と公正発展党の協力が進んだことがこれに拍車をかけた。

しかし、3月下旬から再び公正発展党がクルド問題の解決に乗り出す兆候が見られる。和平交渉の中心人物の一人であった人民民主党のスル・スレヤ・オンデル議員は3月30日、近いうちに彼とペルヴィン・ブルダン議員がベキル・オズダー法務大臣とクルド問題の解決に向けた話し合いを行うと発表した。これはエルドアン大統領と公正発展党が再びクルド人を取り込む戦略に出たのではないかとも噂されている。

このように、憲法改正に向けた国民投票は接戦と見られており、さまざまな政治的な駆け引きが展開されている。どちらに転ぶか最後まで目が離せない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中