最新記事

イスラエル

トランプはどこまでイスラエルに味方するのか:入植地問題

2017年2月10日(金)18時00分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

アモナの住民は、加勢に駆けつけた数百名の若者とともに、排除に抵抗して建物に立てこもり、怪我人や逮捕者が出る事態となった。右派政党の閣僚ナフタリ・ベネットは、アモナの入植者を「英雄」と讃えた上で、「アモナを否定するなら、住民のために新しい入植地を作るべきであり、それが正しいシオニストの対応だ」と発言していた。この度の新法は、これらの勢力に配慮し、政権内でバランスを取ることを狙ったものと考えられる。ネタニヤフ首相のこうした姿勢に対し、イスラエルの左派紙ハ=アレツは、首相がもはや法案を主導したベネットの「あやつり人形」と化した、と痛烈に批判している。

入植地は「和平への障害だとは思わない」とトランプ大統領

新法制定に対しては、グテーレス国連事務総長をはじめ、イギリス、フランス、トルコ、ヨルダンからさっそく非難の声明が出された。この法律は、イスラエルとパレスチナの間での二国家解決による和平の実現を困難にする、というのがその理由である。アメリカの動向が注目されたが、トランプ大統領は8日、声明を発表し、「入植地の存在が和平への障害だとは思わないが、新しい入植地の建設や既存の入植地の拡大は支障となり得る」とのニュアンスを含む態度を示した。

トランプ大統領がわざわざ、入植地は「和平への障害だとは思わない」と言い置きしたのはなぜか。その背景には、アメリカの政権交代がある。前任のオバマ大統領は、昨年12月23日、国連安保理で入植地の違法性を非難する決議2334号の採択に際して、棄権という立場をとった。その結果、決議は残り14カ国の賛成により可決されることとなった。アメリカ政府はそれまで、イスラエル政府に対する配慮から、入植地の合法性については明言を避け、非難決議に拒否権を行使してきた。それが今回は棄権したことにより、イスラエルがパレスチナ自治区内で建設を続ける入植地が、法的正当性を欠き、国際法に違反すると、国連の場で確認されることとなった。理想と理念を掲げたオバマ大統領が、トランプ政権への移行直前に見せた最後の意地ともいえるだろう。後押しするかのように、退任前のジョン・ケリー国務長官も同月28日、演説で明確に入植地を批判した。

【参考記事】イスラエルの入植に非難決議──オバマが最後に鉄槌を下した理由

これに対してトランプ大統領は、植民地を「和平への障害ではない」と述べることで、オバマ大統領との立場の違いを示そうとしたものと考えられる。とはいえ入植地建設に完全なゴーサインを出したわけではなく、ひとまずは態度保留というところだろう。大使館移転問題を含めて、おひざ元での裁判闘争が落ち着いた後の、トランプ大統領の次のステップが注目される。

[プロフィール]
錦田愛子(にしきだ・あいこ)
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授(博士(文学))。専門はパレスチナを中心とする中東地域研究。著作に『ディアスポラのパレスチナ人―「故郷(ワタン)」とナショナル・アイデンティティ』(有信堂高文社、2010年)、『「アラブの心臓」に何が起きているのか―現代中東の実像』(共著・岩波書店、2014年)、『中東政治学』(共著・有斐閣、2012年)、など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中