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アパホテル問題の核心~保守に蔓延する陰謀史観~

2017年1月27日(金)15時00分
古谷経衡(文筆家)

 



日本を激怒させ国民党政府軍と戦争をさせる為に、中国保安隊によって日本人婦女子を含む二百二十三人が残虐に虐殺された「通州事件」や、「大山大尉惨殺事件」、更には、国民党政府軍に潜入していたコミンテルンのスパイである南京上海防衛隊司令官の張治中の謀略によって、上海に合法的に駐留していた日本海軍陸戦隊四千二百人に対して、三万人の国民党政府軍が総攻撃を仕掛けた第二次上海事変を起こすなど、中国は日本に対して次々に挑発を繰り返し、それまで自重し冷静な対応を取っていた日本も、中国との全面戦争を余儀なくされたのであり、不当に日本が中国を侵略したわけではない。(中略)そもそも既に南京を攻略した日本軍にとって、南京で虐殺行為をする理由はない。一方、通州事件や大山大尉惨殺事件、第二次上海事件などでの日本人に対する残虐行為には、日本軍を挑発し、国民党政府軍との戦争に引きずり込むというコミンテルンの明確な意図があったのである。


(出典:アパグループ・客室設置の書籍について*一部筆者による要約あり、強調筆者)

 つまり元谷氏は、日中戦争は一連のコミンテルンによる陰謀によるものであり、日本側はむしろ被害者であった、と一貫して主張しているのである。コミンテルンとはソ連時代の「第三インターナショナル(共産党国際団体)」を指すが、この「コミンテルンの明確な意図」、つまり日中戦争の勃発と、そして日米戦争への進展はすべて「コミンテルンの陰謀」である、というニュアンスが元谷氏の著書の中に繰り返し強調されている。それが南京事件を否定する元谷氏の精神世界の根本になっている。

【参考記事】アパホテル書籍で言及された「通州事件」の歴史事実

 しかしこの「コミンテルン陰謀史観」というのは、何も元谷氏固有の思想ではない。日中戦争もひいては日米戦争(彼らは大東亜戦争と呼称したがる)は、すべて「コミンテルンによって引き起こされた謀略」であり、当時の日本はその被害者であるという史観は、元谷氏のみならず、この国の保守界隈、そしてその保守界隈の言説を無批判に信奉するネット右翼(保守)界隈には、もはや普遍的に通底する「正史」なのである。

 要するに「アパホテル問題」とは、保守界隈に蔓延する「コミンテルン陰謀史観」の氷山の一角が、たまたまアメリカ人と中国人2名によるユーチューバーによって「発見」されただけで、その氷山の下には元谷氏と全く同じような「コミンテルン陰謀史観」を信じる人々の無数の群れが存在することが無視されていることにこそ、私は問題の根深さを感じるのである。

田母神論文と陰謀史観

 2008年、アパが主催する「真の近現代史観」懸賞論文の第一回「最優秀藤誠志賞」を飾ったものこそ、いわゆる「田母神論文」であり、その筆者・元航空幕僚長田母神俊雄が一躍時の人になった。田母神が書いた「論文」こそ、現在保守界隈に広く流布されている「コミンテルン陰謀史観」の根底を見事にトレースしたものとなっている。「論文」と銘打っておきながら、出典の引用箇所の明示が全くないこの田母神の論文を「論文」と呼んでよいのかは兎も角としても、当時の田母神の「論文」には、今回の元谷氏の「南京否定」の背景にある「コミンテルン陰謀史観」が、まったく同じ調子で登場する。

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