ノーベル平和賞以上の価値があるコンゴ人のデニ・ムクウェゲ医師 ―性的テロリズムの影響力とコンゴ東部の実態―

2016年10月18日(火)17時10分
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)

 ただムクウェゲ医師のメッセージが必ずしも十分に伝わらなかったと聞いている。その上、性的テロリズムの影響力、東京大学の講演で起きた一人デモの背景、ムクウェゲ医師が勤務するコンゴ東部の現状、そして同医師がノーベル平和賞を受賞する価値についても十分に理解していない人が多いと思う。そのため、本稿では、メディアで報道されなかったムクウェゲ医師のインタビューなどをもとに、解説を補足したい。なお講演の内容は既に上記のブログやツイッターで拡散されているために、本稿では取り上げず、またコンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済の関係性については寄稿文を参照していただきたい。

性的テロリズムの影響力・破壊力

 紛争下の性暴力は長年にわたって「戦争の武器」と呼ばれており、それは、日本を含むアジア以外に、ヨーロッパ、アフリカや南米など世界各地の紛争地で使われてきた。しかし地域によって、性暴力の理由が異なることがある。例えば、ボスニアやルワンダでは、敵側の住民を完全に根絶するために、性暴力が民族浄化戦略の手段として使われ、HIVを故意に感染させる行為も行われた。コンゴにおいても性暴力が住民やコミュニティーの破壊という目的を有するものの、それによって軍隊や武装勢力が鉱物資源を支配できるという経済的側面があることがコンゴの性暴力の特徴だ。このような性暴力と紛争鉱物が関係している現象は、国連も「紛争関連の性暴力」報告書(注1)で指摘している。コンゴ以外に、今年のノーベル平和賞を受賞したコロンビアにおいても、武装グループ、不法採掘、麻薬の違法売買と性暴力の関係性が見られるという。

 マーゴット・ヴァルストレム(Margot Wallstrom)前紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表がコンゴ東部を「世界のレイプの中心地」と呼び始めた2010年前後から、「女性にとって世界最悪の地」の実態がもっと浮き彫りになった。それは、ムクウェゲ医師という、「集団レイプによって生じる体内の傷を治療する世界一流の専門家」がアドボカシーを続けてきたおかげであろう。性暴力は命を産みだし育てる存在としての女性とその性器を破壊する意図を持って行われるために、ムウウェゲ医師は本行為を性暴力ではなく、「性的テロリズム」と呼んでいる。これは決して過去の話ではなく、現在も続いており、ムクウェゲ医師が手術するケースとはレイプによる性器破壊が原因で生じている。

 性的テロリズムが「戦争の武器」として使われるのは、それが有効でかつ安価な武器だからであり、若者、特に失業中の若者を洗脳すれば、即使用できる。その上、性的テロリズムは1人に対して使われる武器だが、それは被害者の周辺で水平と垂直の方向に打撃を与える強力で影響力のある武器でもある。まず水平(家族、コミュニティー)に関して、サバイバーの女性の夫や子供たちなど家族全員にトラウマが広がった後に、恐怖心がコミュニティー全体と社会に拡散し、最終的に社会が破壊される。さらに、垂直方向(次世代)にも影響が及ぶが、それはレイプのサバイバーから生まれた子どもたちは望まれないまま生まれたために人間関係の問題に、そして子どもたちの父親がわからないという家系の問題に直面する。その子どもたちはエイズにかかっている可能性があるため、サバイバーの子孫たちを含む家族全体が破壊される。身体的にも精神的にも受けた打撃は殺害と同じように深刻であることがわかるだろう。

――――――――

(注1)S/2015/203, 23 March 2015

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、20万8000件と横ばい 4月

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中