最新記事

カルチャー

社会の「枠」をはみ出すな──塗り絵に潜む服従のメッセージ

A Dark, Forgotten History

2020年09月16日(水)18時20分
エマニュエル・ルリ

塗り絵が振りまく幻想

素描を重視する考え方は、イギリスの作家ヘンリー・ピーチャムによる1622年出版のマナーガイド『完璧なる紳士』にも受け継がれている。ピーチャムは紳士の条件として素描の習得を挙げた。ただし同時に、「記憶を強固にするための訓練」として色を塗る作業も奨励した。つまり、色塗りは何かを創造するのではなく、学んだことを内在化する手段なのだ。

ピーチャムは特に、地図に色を塗りながら主要都市や国境(当時は国境をめぐる衝突が激しかった時代だ)を覚えることを推奨した。支配者が構築した世界を受け入れ、さらにそれを喜んで守るために塗り絵の活用を呼び掛けたのだ。彼にとって、そして塗り絵に熱中する私にとっても、色塗りは政治的な現状を維持する手段となっていった。

色を塗るとは、他人が設計した世界で暮らし、既存の仕組みを暗記する以外に選択肢のない環境で生きるということなのだ。でも私は、コロナ禍で押し付けられた狭い世界がどんな感覚かを、わざわざ思い知らされたくはない。

それ以上にうんざりするのは、塗り絵が振りまく幻想だ。塗り絵がもたらすのは活力ではなく、ただの慰め。1980年代前半には出世街道のゴールだった車の絵、数年前に は俳優ライアン・ゴズリングとのデートシーン、そして最近は現実逃避と消費文化を象徴するユニコーンや、商品で埋まった店舗の絵が人気だ。

そんなちっぽけな夢に色を塗る作業に明け暮れた末、私は塗り絵に費やしたエネルギーのせいで未来を生み出す想像力が減退したと自覚するようになった。結局、アプリは削除した。

もしも自粛生活が続くなかで、誰かから塗り絵を渡されたら? そんなときは下絵をビリビリと破り裂いた上で、その紙片を集めてコラージュを作るようおすすめする。

既存の世界を甘受するのではなく、今ある資源を守りながら新たな世界をつくり上げる。それこそ、真の意味での芸術表現なのだから。

© 2020, The Slate Group


20200922issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。

[2020年9月 8日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ

RANKING

  • 1

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 2

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    「これからは女王の時代」...ヨーロッパ王室の6人の…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    なぜ女性の「ボディヘア」はいまだタブーなのか?...…

  • 4

    「見せたら駄目」──なぜ女性の「バストトップ」を社…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 3

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 4

    キャサリン妃とメーガン妃の「本当の仲」はどうだっ…

  • 5

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:世界が愛した日本アニメ30

特集:世界が愛した日本アニメ30

2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている