最新記事

フィギュアスケート

「呼吸一つでさえも、芸術」多くの人を救う、羽生結弦の演技の魅力とは?

2022年11月4日(金)08時06分
ヒオカ(ライター)
羽生結弦

「見よ、この絶対的王者感。これぞ羽生結弦様」(ヒオカ氏談) 『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』223頁より ⓒAFP=時事

<「生の演技を一度見たら最後、以前の自分には戻れない」。本来の曲の世界観以上のものを作り出してしまう、世界最高峰の氷上の表現者・羽生結弦の魅力について、今注目の若手論客ヒオカ氏が語る>

静まり返った空間に、弧線や円、螺旋が描かれる。その線はよどみなく、力強く、繊細だ。無機質な世界が、どんどん染め上げられていく。彼のステップを踏む足が着地するその場所から、彼が手を差し出すその先から、見たことのない世界が広がっていく。

彼に合わせて世界が鼓動する。
彼は人であるけれど人を超えた存在。

それが、羽生結弦である。

音楽に合わせて踊ることに長けた人は、世の中にきっと多くいる。しかし、羽生結弦という人は、音楽に合わせるというより、もはや彼自身が、音楽そのものなのではないかと思うほど、緻密に、完璧に音楽を表現する。

指先までのすべての神経を使って、彼は表現する。呼吸一つでさえも、芸術である。次々と繰り出される彼の表現は、いつもこの世の常識を鮮やかに塗り替えていく。彼の演技を見るたび、「あぁ、この世界に、こんなにも素晴らしいものがあったんだ」と思うのだ。

彼は「憑依型」だと思う。曲ごとに、まるで人格まで変わったのではないかと思うほど、別人になるのだ。纏うオーラやたたずまいまでもががらりと変わる。

含みのある笑みも、カッと目を見開き前を見据えたときの迫力も、アンニュイで憂いをおびた儚い表情も、子どものような透き通った純心さも、流し目で振り向いた時のはっとするような色香やぞっとするほどの艶やかで凄みのある佇まいも、全てが心をつかんで離さず、虜になってしまう。リンクに立てば圧倒的な王者の風格を漂わせているのに、リンクの外ではあどけなく、けらけらとよく笑い、他の選手とよくじゃれあう。そして腰が低く徹底的に礼儀正しい。

そんな姿を見るたび、あぁ、羽生結弦も人間なのだ、と思う。そんな人間味あふれる姿も、また多くの人も心をつかんでやまないのだと思う。



 『羽生結弦 アマチュア時代 全記録
 CCCメディアハウス[編]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、4月輸入物価が約2年ぶりの

ビジネス

中国の生産能力と輸出、米での投資損なう可能性=米N

ワールド

G7、ロシア凍結資産活用巡るEUの方針支持へ 財務

ワールド

米、北朝鮮IT技術者の情報に500万ドルの懸賞金 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中