コラム

自身の言葉で話し、耳を傾ける姿に、民主主義の核心を見出す『ボストン市庁舎』

2021年11月13日(土)12時49分

トランプ政権の影響が見え隠れする...... 『ボストン市庁舎』(C)2020 Puritan Films, LLC-All Rights Reserved

<ボストン市長であるマーティン・ウォルシュというひとりの人物に焦点があてられる、ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの新作>

ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの新作『ボストン市庁舎』の題材は、ワイズマン自身の故郷マサチューセッツ州ボストンの市役所だ。

上映時間274分の本作には、この地方自治体の多岐にわたる活動が映し出されるが、これまでの作品とは異なる点がある。多くの登場人物のなかで、市長であるマーティン・ウォルシュというひとりの人物に焦点があてられ、彼の様々な演説が盛り込まれている。

本作のプレスに収められたワイズマンのインタビューでも、「撮影しているときには、テーマや構成がどうなるか前もって分かりません。構成は、何ヶ月も編集しているうちに初めて現れてくるのです」と語っているように、彼の作品は、撮影の時点では方向性といったものはなく、編集段階で独自の視点が形作られていく。

以前コラムで取り上げた『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(16)では、図書館が企画したレクチャーやトークなどの内容が、次第に「奴隷制」というキーワードで結びつき、最終的に、奴隷制に対する非難を削除した独立宣言が象徴するような民主主義と、公共図書館に求められる真の民主主義が鮮やかに対置されていた。

背景に見え隠れするトランプ政権

では本作では、どのように独自の視点が浮かび上がってくるのか。特に本作については、そこに話を進める前に、撮影された時期を頭に入れておいたほうがよいだろう。ウォルシュが市長に就任したのが2014年1月で、撮影時期は、すでに2期目に入っている2018年秋と2019年の冬。その間の2017年1月にはトランプが大統領に就任している。

そんな背景があるため、ウォルシュ市長の言動にもトランプ政権の影響が表れている。市が企業と連携して温暖化対策を進める会議では、「ワシントンにはリーダーがいません。大統領は温暖化対策の重要性を理解してない」と語る。市庁舎で働くラテン系の若い職員たちを集め、エールを送る場面でもトランプの話題が出る。トランプが遊説に来て、イスラム教徒の追放や移民の追放と言うのをテレビで見た市長は、市庁舎で働く移民全員に招集をかけ、30分後に記者会見を開き、たくさんの同僚に囲まれて誇りを感じたという。

本作では、背景に見え隠れするトランプ政権が、多様性を重視し、差別の撤廃や格差の是正を目指すウォルシュ主導の市政を際立たせている。終盤に盛り込まれた施政方針演説の「ボストンが国を変えましょう。違いは人を分断しない」という言葉を踏まえると、トランプに対するアンチテーゼと見ることもできるだろう。

「話すこと」が掘り下げられる

だが、それが本作から浮かび上がる独自の視点というわけではない。ワイズマンの関心は別のところにある。そのヒントとして筆者が注目したいのは、前半から中盤に差しかかるところに盛り込まれた会議と行事だ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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