最新記事
シリーズ日本再発見

杉原千畝の「命のビザ」と日本酒が結ぶ、ユダヤと日本の絆

KOSHER SAKE POURS INTO JAPAN

2021年03月18日(木)16時15分
ロス・ケネス・アーケン(ジャーナリスト、作家)

映画にもなった杉原の人生は実にドラマチックだ。人類にとって有数の暗黒の時代に、彼はユダヤ人を救うために日本政府の指示を無視して行動した。コーシャ認証の日本酒は、彼の功績を思う気持ちから生まれた。しかしユダヤ文化と日本文化の出合いは、実は500年も前から始まっていたのである。

日本におけるユダヤ人の歴史は、知られている限りで少なくとも16世紀までさかのぼる。当時、スペイン人を祖先に持つナポリのユダヤ人がポルトガル領マカオから船で長崎に着いた。彼らはキリスト教に改宗していたが、日本で再びユダヤ教の信仰を復活させた。1854年にアメリカと江戸幕府が日米和親条約を結び、それまでの鎖国政策が緩和されると、反ユダヤ感情のない日本に住み着くユダヤ人が増え、1896年にはシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)もできた。

sake210318-02.jpg

蔵元が祖父のための日本酒を造ってくれることは「光栄」と語る杉原千畝の孫のまどか COURTESY OF ROSS KENNETH URKEN

厳しいコーシャ認証の道

先の大戦中における杉原の勇気ある行動のおかげで、日本に住むユダヤ人の数はさらに増えた。現在、日本で最も大きいユダヤ人コミュニティーは東京と神戸にあるが、ユダヤ人観光客の多くは岐阜の高山まで足を延ばす。2つの文化の混交を象徴するコーシャ認証日本酒を味わうのも、彼らの目的の1つだ。

杉原の足跡をたどりたくて岐阜まで来るユダヤ人が増えていることに有巣が気付いたのは、2017年のこと。純粋な好奇心と訪問客のニーズに応えたい思いから、彼はユダヤ人の歴史を勉強することにした。

もともと、有巣家には「おもてなし」の精神がみなぎっていた。実家は老舗旅館の本陣平野屋花兆庵。女将の栄里子はヘブライ語の市内地図を常備し、訪れる人誰もが快適に過ごせるよう心掛けていた。だから息子の有巣も、年に1万人も訪れるユダヤ人観光客に、日本文化の神髄である日本酒を心ゆくまで楽しんでほしいと考えた。

その頃、彼は日本酒の国際化に熱心な旭酒蔵(山口県)が地元のユダヤ人コミュニティーを通じて日本の主任ラビ(ユダヤ教の聖職者)ビンヨミン・エドリーに相談し、11年に日本酒「獺祭」のコーシャ認証を受けたという話を耳にした。

エドリーは戒律に厳しいユダヤ教ハバッド・ルバビッチ派の日本におけるリーダーで、日本でのコーシャ認証の権限を持つコーシャジャパンの代表取締役でもある。

ちなみに獺祭は、コーシャ認証を得た日本酒の第1号。14年には日本を公式訪問したバラク・オバマ米大統領(当時)に贈られている。翌15年に訪米した安倍晋三首相(当時)を迎えた公式晩餐会でも、このコーシャ認証の獺祭が供された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、テスラ・アップルが高い FOM

ワールド

ウクライナ南部オデーサの教育施設にミサイル、4人死

ワールド

ウクライナに北朝鮮製ミサイル着弾、国連監視団が破片

ワールド

米国務長官とサウジ皇太子、地域の緊急緩和の必要性巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中