コラム

ロシアのウクライナ侵攻6つのシナリオ

2022年01月19日(水)22時42分

プーチン氏の本気度

英紙フィナンシャル・タイムズによると、14年のクリミア侵攻以降、米欧から科された制裁に対抗するため、ロシア中央銀行の外貨準備は15年後半から70%以上増加し、現在では6200億ドル以上に達する。原油・天然ガス価格の高騰によりロシアは政府系ファンド「国民福祉基金」に1900億ドルの資金を投入、24年には3千億ドルを超えると予測する。

政府債務は国内総生産(GDP)の約20%まで抑えられ、ロシア国債を保有する外国人投資家の割合も全体の5分の1にまで減少。企業の海外債務は800億ドルで、14年当時の1500億ドルの約半分まで減った。コロナ危機の供給制約と需要回復が原油・天然ガス価格を押し上げ、プーチン氏を強気にさせているのは間違いない。

ロシアの天然ガスが止まれば欧州は冬を越せない。天然ガスは二酸化炭素排出量も少なく、蓄電池代わりの水素の原料にもなる。欧州にはアメリカと違ってプーチン氏に強く出られない理由があるのだ。しかも欧米の交渉の切り札はロシアからバルト海の海底を通ってドイツに天然ガスを運ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」だ。

米英は「ノルドストリーム2の計画を進めることは問題だ」とドイツに迫るが、社会民主党(SPD)出身のゲアハルト・シュレーダー元独首相はプーチン氏と親密で、ノルドストリーム株主委員会やロシア最大の国営石油会社ロスネフチ役員会の会長を務める。SPD出身のオラフ・ショルツ首相も、対露宥和外交を強硬姿勢に転換する気配は全くない。

割れる欧州

ウクライナに対戦車兵器を供与するイギリスの軍用機はドイツ領空を飛べず、迂回ルートを取らざるを得なかった。ドイツ政府は報道陣にロシアを国際金融システムから切り離す制裁は考えていないと説明し、アメリカを激怒させた。ドイツ政権内部では、対露強硬派の緑の党共同党首アンナレーナ・ベーアボック外相とショルツ氏の対立も取り沙汰される。

14年、ロシアがウクライナからクリミアを奪った時、ウクライナ軍は一発も撃たず半島を明け渡した。プーチン氏に対する最大の抑止力は、アメリカから25億ドルもの軍事支援を受けたウクライナ軍がどこまで本気でロシア軍の侵攻に抵抗できるかだ。米欧からの支援は二の次だ。

今年11月に中間選挙を控えるジョー・バイデン米大統領は無様な撤退劇を世界中にさらしたアフガニスタンの二の舞は避けたい。かと言って同盟国でもないウクライナに米兵を送ることに有権者の理解を得られるのだろうか。どの国もコロナからの回復で手一杯なのだ。危険なギャンブルであっても、そこにプーチン氏が付け込むスキがある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story