コラム

英中「黄金時代」の幕開けに、習近平が「抗日」の歴史を繰り返した理由

2015年10月22日(木)10時54分

kimura151022-02.jpg

官邸前で習近平を出迎えるキャメロン英首相(21日)Photo:Masato Kimura

 中国の「抗日」プロパガンダを額面通りに受け止める英国ジャーナリストは今のところいない。9月に北京で行われた中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年の記念式典でも、習主席は49カ国の首脳や高官、10の国際機関の関係者を招き、旧日本軍の侵略と中国共産党の抗日戦争勝利を何度も何度も強調してみせた。英国からは保守党のケネス・クラーク元司法相が出席した。

「抗日」は習体制の基本戦略にがっちり組み込まれている。習主席と李克強首相が最も怖れるのは米国ではない。中国共産党がソ連共産党と同じように崩壊の道を歩むことだ。共産主義の看板を捨て、国家資本主義の道を選んだ中国共産党にとって「抗日」と「成長」はレーゾン・デートル(存在理由)、中国共産党による統治の正統性を裏付ける根拠となっている。平和国家・日本に70年前の「侵略者」の烙印を押し続け、南シナ海や東シナ海における力づくの海洋進出やチベット問題について国際社会の目をくらませようとしている。今や原発事業でも高速鉄道でも商売敵となった日本の足を引っ張った方が中国の利益になる。そんな思惑が浮かび上がってくる。

 英国会議事堂やバッキンガム宮殿の外では、中国共産党に弾圧され、英国に逃れてきたチベットや気功集団「法輪功」の亡命者が抗議活動を行った。保守党のキャメロン政権が人権問題を棚上げにして、対中関係の強化に走りだしたためだ。しかし、在英中国大使館が動員した中国人留学生が打ち鳴らす鐘や太鼓の音に、抗議の声はかき消された。

 中国から遠く離れる英国にとって対中関係の強化は安全保障上のリスクを伴わない。だからオバマ米政権の制止を振り払い、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加も欧州諸国の先頭を切って表明した。国際金融都市ロンドンが人民元国際化の後見人となったことで、ユーラシア大陸の両端を結ぶ「一帯一路」構想に弾みがつく。

靖国参拝組からは感じられない深謀遠慮

 2005年にロンドンで独立、債券のヘッジファンドでは世界最大級となった資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄氏はこう解説する。「中国は人民元の国際化を進めたい一方で、完全自由化を目指しているわけではありません。米国は人民元を国際化するなら完全自由化を――と迫るのに対し、英国は完全自由化を迫らず、国際化だけを協力している。だから金融面では大きなビジネスパートナーになり得ています」

 英中両政府は、中国による400億ポンド(約7兆4千億円)の投資で合意したと発表した。中国の原子力企業、中国広核集団(CGN)がフランス最大の電力会社EDFと組んで3カ所の原発建設に参画する。このうち英南東部のブラッドウェル原発ではCGNが設計・建設に関わるという。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 9

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story