コラム

トランプをうならせた文在寅の話術

2017年07月07日(金)17時45分

Jim Bourg-REUTERS

<南北が対話を進めるには米国の同意が不可欠、というの文在寅政権のスタンスが、米朝首脳会談の過程ではっきりした。そして文在寅はそれを意図的に米国側に示した>

文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足しておよそ2カ月。世論の支持率は相変わらず高く、一時70%台まで落ちたものの、再び80%台まで回復している。

国民から文在寅大統領が好印象を持たれている理由に、演説がうまいという点が挙げられている。内容だけでなく、原稿をほとんど見ずにまっすぐ聴衆一人ひとりの目を見て言葉を発するスタイルも話題になっている。

6月28日(現地時間)、文在寅が初の米韓首脳会談のために訪米した時のことだ。一筋縄ではいかないトランプ大統領相手に、お得意の演説も通じないだろうというのが下馬評だった。ところが、思わぬ場所で米国民に強い印象を残すことに成功している。

米国国立海兵隊博物館で行った演説

文在寅は訪米すると、すぐに米国国立海兵隊博物館を訪れた。「米国史上、真珠湾攻撃に次ぐ最悪の敗戦」と称される、朝鮮戦争時の「長津湖(チャンジンホ)の戦い」の犠牲者の碑がある場所だ。文在寅は夫人と共に花輪を携えて、碑の前に立つと、献花を行った。

a191a33.png

「長津湖の戦い」の犠牲者の碑 (c)韓国・青瓦台

長津湖の戦いとは、現在の北朝鮮の北方エリアの咸鏡南道長津郡で、国連軍が中国軍に囲まれ殲滅の危機に瀕した戦いであり、米海兵隊1万5000人のうち4500人が死亡、7500人が負傷した。

中朝国境のギリギリまで追い上げて来た国連軍だったが、この敗戦を機に海路を通じて一時撤退を余儀なくされた。その際、国連軍は共産軍の戦火から逃れた1万5000人の避難民を船に乗せている。

着の身着のままの避難民で溢れかえった船上にいたのが、文在寅の両親だった。船は釜山沖の巨済島に着岸し、その地で文在寅が生まれたのだ。

文在寅は献花の後の演説で、母親から聞いたというエピソードを披露した。

船上でクリスマスを迎えた際、米兵が避難民らにキャンディを一つずつ配ったという。文の母親は「たった一つのキャンディだったけれど、戦火に追われた多くの避難民に、クリスマスプレゼントを配ってくれた暖かい心づかいがとてもありがたかった」と、幼い文在寅に話したという。

献花式には長津湖の戦いで実際に戦った元兵士や、その遺族が参列していた。67年前のその出来事に、参列者たちは涙を浮かべ、文は彼らを見つめた。このエピソードは米国に向かう飛行機の中で、文在寅が自ら書き足したのだと韓国で報じられている。

文在寅はこう強調した。「長津湖の勇士たちがいなければ(中略)私も存在しませんでした」「米韓同盟はそのような戦争の砲火のなか、血で結ばれました。数枚の紙の上のサインで結ばれたものではありません」と。

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story