コラム

パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は...

2018年05月23日(水)17時38分

「アラブの春」でチュニジアやエジプトなどの親米政権が倒れる中で、当時のオバマ政権は政権支持でもなく、デモ隊支持でもないあいまいな態度をとった。当時、米国は強権体制とともに若者たちに敵視され、米大使館が若者たちに占拠されたイラン革命の二の舞になりかねない状況だったためである。

ムハンマド皇太子が進めるサウジ・イスラエル関係改善

パレスチナ人の受難にアラブ諸国が動かないという構図は、今回のエルサレム危機でまた繰り返されている。

5月14日の米大使館のエルサレム移転に対してガザで抗議デモが起き、イスラエル軍の銃撃で多くの死者が出たことに対して、トルコのエルドアン大統領が呼びかけてイスラム協力機構(OIC)の緊急首脳会議を開いた。最終声明で「イスラエル軍によるパレスチナ人に対する犯罪行為」と明言し、米国に対しても「エルサレムに大使館を開いたことはイスラム世界に対する挑発と敵対行為」として強く非難した。

会議にはアッバス・パレスチナ自治政府議長が出席し、さらにイランのロウハニ大統領も出席したが、エジプト大統領とサウジアラビア国王は出席しなかった。

一方、米大使館エルサレム移転の1カ月前の4月15日には、アラブ連盟首脳会談がサウジアラビアのダーランで開かれていた。サウジのサルマン国王が主導し、「エルサレム・サミット」と命名、エルサレム問題を主要テーマにする姿勢を見せた。

しかし、首脳会議最終日の16日に発表された「ダーラン宣言」で米国が出てくるのは、「我々はエルサレムをイスラエルの首都とする米国の決定が違法であることを確認する」という1カ所のみで、米国を非難する言葉もなく、さらに1カ月後に迫った米大使館のエルサレム移転については触れていなかった。米国に対して極めて腰の退けた対応だった。

サウジについてはサルマン国王の息子で、昨年6月に副皇太子から皇太子に昇格した32歳のムハンマド皇太子(国防相)が、高齢で病気がちの父王に変わって国政を主導している。同皇太子が、対外的に対イラン強硬策をとり、イエメン内戦に軍事介入してシーア派勢力と闘い、一方でトランプ大統領との親密な関係をとり、イスラエルとの間でも水面下で協力関係を進めているという報道が盛んに流れている。

昨年12月中旬、イスラエルのカッツ諜報相はサウジのニュースサイト「エラフ」のインタビューを受け、そこでムハンマド皇太子をイスラエルに招待したと発言したことを、その後イスラエルメディアに明らかにした。トランプ大統領が12月初めにエルサレムをイスラエルの首都と認定し、パレスチナで抗議デモが始まり、アラブ・中東世界が騒然としている最中のことである。

エラフに掲載されたカッツ諜報相インタビューの一問一答には、皇太子へのイスラエル招待の下りは入っていなかったが、サウジのメディアがイスラエルの閣僚にインタビューすること自体異例で、パレスチナ情勢が緊張する中で、両国の協力関係が進んでいることを印象付けた。

一方、カッツ諜報相は5月の大使館移転時に起こったエルサレム危機の最中にも、エジプトがガザにいるハマス指導者を招いて、「デモを続ければイスラエルはより強硬な対応をするだろうが、エジプトは傍観し、助けることはない」と警告したと発言した。

ハマス指導者で元自治政府首相のハニヤ氏が、エルサレムでの米大使館開館前日にエジプトを訪問している。エジプトはハマスに圧力をかけたことは否定し、ハマス指導部は公式サイトで、エジプトが武装闘争ではなく、平和的な抗議を望んでいることと、エジプトとガザの間の国境通過を緩和することを約束した、と語っている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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