コラム

G7で日韓首脳会談を拒否したと威張る日本外交の失敗

2021年06月18日(金)11時10分

とはいえ、そのことは安倍政権下において全ての日韓首脳間の対話の場が絶たれたことを意味しなかった。何故なら、安倍は2019年12月の日中韓首脳会談に際しては、文在寅との間で首脳会談を行っているからである。言うまでもなく、そこには日中韓三カ国の首脳が集う場において、日韓両国の間でのみ首脳会談が行われないのは明らかに異常であり、その異常な状況が日本側の意図によって作られていることを、国際社会に印象付けたくない日本政府の思惑があったろう。或いはそこには2014年3月、オバマを仲介役として日米韓首脳会談が開催されたにも拘わらず、韓国側の拒否により合わせて日韓首脳会談が開催されなかったことにより、朴槿惠の「頑固さ」が国際社会において大きくクローズアップされたとする、韓国側からの「他山の石」ともいえる教訓があったからかも知れない。

そして今、日本政府は首脳会談を通じた韓国との対話の場を頑なに閉ざしている。その詳細な経緯については、依然として議論が続いているものの、先立ってイギリスで開かれたG7首脳会談においても、会議を拡大する形で文在寅が招かれた場を利用して、韓国側が日本側に対して首脳会談の開催を提案し、これを日本側が拒否したことは明らかである。そして、日本側の行為はそれだけにとどまらなかった。何故なら、この会議において、日本はわざわざ自らの側が対話の扉を閉ざしていることを、国際社会に知らしめる行動さえ行ったからである。

「向こうから挨拶に来た」アピール

即ち、菅首相は記者会見にてわざわざ文在寅との関係について、「同じ会場にいてあいさつに来られた。失礼のないようにあいさつした」と述べ、自らの側が文在寅に歩み寄った訳ではないことを殊更に明確にした。菅首相は続けて、「バーベキューの時もあいさつに来た」と述べ、一連の「あいさつ」が自らの望むものではなかったこと、そして韓国側が一方的に求めたものであったことをアピールした。しかしながら、国際会議においては、招かれた首脳が相互に挨拶をかわすのは当然の行為であり、また、そこにおいて自らの主導権を以て行うことは、会議に対する自らの積極性と存在感を示す上での、寧ろ必須の行為である。だからそ、それとは全く正反対に自らの消極性を敢えてアピールする行為は、極めて異例のことだと言えた。

そして言うまでもなく、この様な行動は外交的に見て合理的なものではない。何故なら過去の朴槿惠の事例において明確な様に、一方の側による対話の拒否は、それ自身が相手に如何なるプレッシャーをも与えるものではないのみならず、国際社会に対して自らが関係改善に努力する意思がないことを示すものになるからである。いわんや中国脅威論が高まる中、日韓両国の共通の同盟国であるアメリカからは、関係改善を求める声が大きく上がっている。この様な中、日韓両国の関係改善を求めるアメリカの批判の矛先を、わざわざ自らの側に向ける様な行動を取るのは、自身の立場を不利にさせるだけである。ましてそれを世界の首脳とそれを追いかけるメディアが詰めかける場所で行うのは、致命的な行為だとさえいえる。

勿論、それは慰安婦問題や元徴用工問題において、日本が妥協すべきだということを意味しない。一連の問題について韓国政府が何かしらの解決策を模索する動きはなく、司法の判決は大きく揺れ動いている。この様な状況において、日本側が具体的な妥協案を示すことは難しく、日本国内の政治環境を考えても現実的だとも思えない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、FRB当局者発言を注視 円

ビジネス

米国株式市場=S&Pとダウ上昇、米利下げ期待で

ワールド

米、イスラエルへの兵器輸送一部停止か ハマスとの戦

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story