コラム

韓国・植物園の「客寄せ」だった土下座像が象徴する当節の「反日」の軽さ

2020年08月03日(月)17時05分

政治的な信念がなかった証拠に、植物園の園長はすぐにこの銅像は「安倍ではなかった」と前言を翻した Daewoung Kim- REUTERS

<一方、日本における「反韓」もアクセス稼ぎの道具でしかない。菅官房長官の過剰な「決定的な影響」コメントも軽さの裏返しだ>

「形にする」とはこういう事か。なるほどこれは確かにインパクトがある。醜い。お世辞にも美しい行為だとは思わないな──。

7月25日、韓国において進歩派を代表する新聞の一つ、『京郷新聞』のウエブサイトが江原道に位置する「韓国自生植物園」が「永遠の贖罪」と名付けた一対の銅像を、8月10日に公開する、と報道した。冒頭の文章はこの記事に伏せられた報道写真により、この銅像を目にした筆者の率直な感想であった。正直、「とても醜い」と感じた、といって良い。

同紙によれば、この一対の銅像を作った彫刻家の王光鉉は、自らの作品について「慰安婦の方々が当然に受けるべき贖罪を作品として表現し、我々の民族精神を高揚させ、日本に対しては、歴史を正面から見直し、心からの謝罪を行い、新たな日本としての再生する事を願う作品」であると説明した。

騒ぎを大きくした日本のメディアと政府

また、植物園のオーナーであり園長である金昌烈は、加えて「国内外にある少女像を非難、嘲笑し、また毀損(ママ)する日本の実態を見て、単に自らの立場を表現する事から進んで、罪を負うべき対象を確実な形としなければならないと考え、少女像に向かい合う銅像は安倍を象徴とするものとして作り上げた」という説明をこれに付け加えた。少女像に向かい合う銅像が何を意味するかについては、先に挙げた彫刻家の王光鉉もまた、「安倍首相は植民地支配と慰安婦問題に対する謝罪を回避する進むべき道とは正反対の歩みを行っている。その事実を形にして、反省を促す作品」と答えた旨、こちらは保守派に属する有力紙『朝鮮日報』が報じている。つまり、奇しくも韓国の左右を代表するメディアが、この銅像が安倍首相を象徴するものである事を報じた事になる。

とはいえ、この問題を巡って興味深いのは、銅像以上にその後の展開であった。『京郷新聞』に続いて、他の韓国メディアもこれを大きなニュースとして報じると、恰も当然の様にこれに追随した日本メディアは、これを更にセンセーショナルに報道した。結果、7月28日の記者会見で菅官房長官が「事実なら日韓関係に決定的影響」という強い表現を使い、遂には日本政府自身がこれに不快感を示す事となった。冒頭に述べた様に確かにあの銅像を見れば、それが自らを象徴するとされた安倍首相が不快に思うのは当然であり、また、これを自らの国家や国民を冒涜するもの、と日本国内の多くの人々が考えるのは十分理解できる。冒頭に述べた様に、それは筆者自身についても言う事の出来る事である。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イランのライシ大統領と外相が死亡と当局者、ヘリ墜落

ワールド

頼清徳氏、台湾新総統に就任 中国メディアは「挑発的

ワールド

ニューカレドニアの観光客救出、豪・NZが輸送機派遣

ワールド

イランのライシ大統領、生存は絶望的に 墜落ヘリ残骸
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story