コラム

再び無秩序に増加する移民問題で欧州の政治は大荒れ

2023年12月07日(木)18時45分

日本がそうであるように、高齢化と人口減少はさまざまな問題を生む。だが、急速な人口増加も同様に問題を引き起こすのだ。

働く世帯が「生活費危機」に苦しんでいるこのご時世に、5万人以上の難民申請者がその手続きを待つ間、公費でホテルに滞在していることに、人々は疑問を抱くだろう。

主流の政治家が何とかしてくれないのなら、人々はより過激な人物を頼りにする。オランダでは11月、「ナショナリスト」で「反イスラム」のウィルダース党首率いる極右の自由党が、総選挙で第1党に躍進した。オランダは常にヨーロッパで最も自由で進歩的な国の1つと見られていたので、この結果は衝撃的だった。

スウェーデン(異例なほどに移民を積極的に受け入れてきた国)でも同様に昨年、「極右」スウェーデン民主党が右派勢力中の最大政党になり、政権に閣外協力することが決まった。イタリアでは「ポピュリスト」メローニが首相に就任した。いずれの場合も、数十年にわたって多くの移民を受け入れてきた国だ。そして有権者たちは、移民による恩恵を感じるどころか、移民に反発している。

通常、リベラルメディアはこの状態を、現状に対する「抗議票」だと表現する。政治家たちは「数々の問題で有権者の不満に付け込み」「移民がスケープゴートにされた」と。そこには、「愚かな有権者がまた判断を誤った!」との冷笑が垣間見える。だが別の見方をすれば、主流政党が途方もない数の有権者を失望させたともいえる。

アイルランドでも異例の暴動が

11月にはアイルランドの首都ダブリンで反移民暴動が発生し、アイルランド共和国100年の歴史上で最大規模の警察が出動しなければならなくなった。アイルランドの純移民は22年に6万1000人に達した。イギリスよりはるかに少ないが、アイルランドの人口はイギリスの10分の1未満であることから、「一人当たり」 で見ればほぼ同等だ。

2022年はウクライナ難民の一時的流入と香港住民のイギリス移住のため、イギリスとアイルランドどちらの移民の状況も異例の年になったことは注目に値する。アイルランドの移民数は、アイルランドに戻ってくるアイルランド人がかなりの割合を占めている点も異例だ。多くのアイルランド人が海外で生活し、働き、引退後にアイルランドに帰国している。

「ケルトの虎」 経済が2008年に崩壊したことにより、多くのアイルランド人の若者が国を去ったが、経済が回復するにつれて帰国者も増加。一時は純移民数が低調な時期もあったのに、過去30年間という長期的スパンでアイルランドの人口が劇的な50%増となったのは、移住者がそれを牽引したからだ。

暴動は言語道断で、参加者は法にのっとって裁かれるべきだ。でも、まっとうな不満を抱きながらも法に従っている市民のほうがはるかに多いなかで、暴徒をただ「異常な反乱分子」と決め付けるのは賢明でない。

移民の大量流入は経済的利益にもつながるが、そのひずみを受けるのは社会の下層にいる人々に著しく偏っている。彼らを「人種差別主義者」と一蹴することはできない。彼らを無視し、中傷することは、安定と秩序をうらやましいほど堅持してきた国でさえ、より多くの人々を政治的過激主義に走らせるように思える。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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