コラム

英BLM運動、偉人像攻撃の耐えられない単純さ

2021年03月04日(木)17時00分

これによって激しい怒りや大規模な救済活動が起こらなかったのは、犠牲者がアイルランド人で、それ故に二級市民だったから。イギリスのアイルランド政策は明らかに人種差別に影響されていた。「パンチ」誌などの風刺画では、アイルランド人は悪党的で怠け者か愚か者、ネアンデルタール人や猿人のように描かれることも多かった。1970年代や80年代よりははるかにましになったものの、アイルランド人を愉快な馬鹿者として笑うジョークは現代でも続いている。

デービッド・ロイドジョージ像は、パーラメント・スクエアに立つ。国会議事堂に臨む広場で、銅像の置き場としては最高に名誉な場所だ。首相在任時、彼はアイルランドに「ブラック・アンド・タンズ」部隊を送り、独立を叫ぶ抵抗勢力を弾圧した。

歴史を単純化する不当さ

この部隊は100年以上たった今もその暴力的な手法で記憶に刻まれている。名目上は警察部隊だが、動員兵士はむしろ、彼らが鎮圧しようとする抵抗勢力以上にテロリスト的な振る舞いをした。無実の人々が家宅捜索され、脅迫や尋問を受けた。最悪の「報復作戦」によって、南部コーク中心部は焼き討ちされて数百万ポンドの被害を受け、ダブリンのスポーツイベント会場で観客が無差別攻撃に遭い、14人が死亡した。

僕が言いたいのは、こうした人物の像を引き倒せ、ということではない。複雑な歴史上の人物を単純な悪党に仕立て上げることは、ばかげたほど一方的な議論になり得る、ということだ。例えばロイドジョージは第1次大戦を見事に率い、イギリス人労働者階級の暮らしを大幅に改善する改革を導入した。それこそが彼が称えられる理由であり、アイルランドを侮辱したからではない。

同様に、クロムウェルは絶対君主制に対する議会の権利を主張し、ラッセルは民主主義と選挙制度を改善した1832年改革法を指揮した。ローズはただの「帝国主義者」だったわけではなく学術界に多大な貢献をした。ローズ奨学金は1903年以降、貧困国などの何千人もの若者にオックスフォード大学で学ぶ機会を提供した。

怒りを覚える人物の像に対峙しているのは、なにも黒人だけではない。そして、今日のイギリスを「白人特権階級」と「抑圧された」黒人、という物語に改変しようとする試みは、ばかげている。イギリスに暮らすマイノリティーであるアイルランド系の僕にはそう言える。

<本誌2021年3月9日号掲載記事に加筆>

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story