コラム

パブから見えるブレグジットの真実

2016年06月16日(木)19時00分

ウェザースプーンズチェーンのパブに集うのは労働者階級の人々 Nigel Roddis-REUTERS

<EU離脱(ブレグジット)を問う国民投票を来週に控えて、イギリスでは世論調査の数字が賛否で拮抗している。EU残留を主張する体制派のエリート層は、誰が離脱を支持しているか見えないようだが、安いチェーンのパブに行けばそんな人々が集っている>

 僕は週に一度はパブに行くことにしている。月曜か木曜なら、僕の住む町の「ザ・プレイハウス」と呼ばれるパブに行く。時々は気分転換に別のところに行ってみようかとも思うが、結局はだいたいいつもザ・プレイハウスに行くことになる。

 もしも僕の住む町、イギリス南東部エセックス州のコルチェスターを訪れて誰かにザ・プレイハウスの場所を尋ねれば、ほとんどの人は答えられないだろう。大きくて目立って有名なパブなだけに、おかしな話だ。でもそのうち誰かが「ああ、もしかして『ウェザースプーンズ』のこと?」と言って案内してくれると思う。

 ザ・プレイハウスはイギリスに何百と店舗のあるウェザースプーンズチェーンのパブの1店だ。現代のイングランドで最も成功した「ブランド」の1つと言っていい。僕がイギリスを発って外国暮らしをするようになった1992年には聞いたこともなかった(ほとんど存在が知られていなかった)チェーンだけれど、今ではそこら中にある。

 典型的なアメリカ人が、マクドナルドはどこにあるかと聞くのと同じように、イギリス人(僕も含めてだ)は慣れない場所に行ったら看板代わりに最寄りのウェザースプーンズの場所を尋ねるだろう。

【参考記事】英国EU離脱投票、実は世代の「上vs下」が鍵を握る?

 ウェザースプーンズにはいろいろな長所がある。たとえば、店内では音楽をかけないのがポリシーらしいから、会話や読書を楽しみにパブに行く人には喜ばれている。ビールの品ぞろえも豊富だ(僕にとっては大きな魅力)。さらに全店舗共通の「定期スケジュール」もある。木曜は格安カレーナイト、金曜はフィッシュ・アンド・チップスの日、月曜はビール割引デー、といった具合だ。

 でもそれより何より、すべてが低価格なのだ。テイクアウトのコーヒーは1ポンド(約150円)、店舗内だったら午後2時まではおかわりも無料になる(普通のコーヒーショップの半額くらいで済む)。ビールの場合は種類によってもうちょっと価格差があるが、ここコルチェスターの店舗なら平均的なリアルエールが1パイントあたり2.50ポンドだ(さらに月曜には20ペンス値引きになる)。木曜には、まずまずの味のカレーと、ギネスビールを1パイント頼んで約6ポンド。これがほかの店なら、ギネスだけで4ポンドを超えるだろう。

 よく言われるのは、冬にはこの店で一日の大半を過ごす年金生活者が何人もいるということ。単に外出したいだけではなく、家にいた場合の光熱費と大差ない値段で過ごせるからだ。ここはけっこうな社交の場。誰もドレスアップしていないし(他の店に行く前に1杯引っ掛けにきたパーティー前のグループは別にして)、人々は互いを「マイト(仲間)」と呼び合い、タブロイド紙を読んでいる。汚い言葉遣いが聞こえてくるのが嫌な人は、ここに行くべきじゃない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、日米欧台の工業用樹脂に反ダンピング調査 最大

ワールド

スロバキア首相銃撃事件、内相が単独犯行でない可能性

ビジネス

独メルセデス、米アラバマ州工場の労働者が労組結成を

ビジネス

中国人民元建て債、4月も海外勢保有拡大 国債は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story