コラム

なぜ中国がTPPに加盟申請? 唐突ではない「アジア太平洋自由貿易圏」と「一帯一路FTA」構想

2021年09月22日(水)19時55分

一帯一路FTAとは、具体的にどういうことか。

まず短期的には「伙伴(パートナーシップ)関係」と呼ばれる、関係国との多岐にわたる分野での、拘束力をもたない協力の強化を行う。次に、中長期的に、それを格上げする形でFTA網を広げていく──という戦略である。

習主席は、90余カ国・地区と「伙伴関係」を構築済みとしていた。また「伙伴関係の構築を通じ、世界と新たな発展を実現する」としていたという。

先進国との「断層」

ただ、アメリカ・日本・EU(欧州)という、世界の3大先進地域とは「伙伴関係」を結べずにおり、牽制され距離を置かれている結果となっている(G7とも言える)。

特にEUは、一帯一路の行き先であり、「欧州への障害なき通商交易路の確保」そのものが、戦略の要でもあった。それなのに、今年の投資協定の凍結といい、最近は不協和音が大きく響いている。

中国は、人民元の国際化を目標としており、AIIB(アジアインフラ投資銀行)という国際金融機関の設立も行った。これは明らかにアメリカ支配への挑戦であるはずなのに、アメリカと敵対したいとは思っていないというシグナルを送ることも、しばしばある。

本気でアメリカと戦ったら勝てないのがわかっているからなのか、敵対ではなく共存が目的なのか。

中国の大きな弱点の一つは、「世界共通の貿易のルールを作るのは誰か」の部分で、ほとんどのジャンルでイニシアチブをとれる状態にないことである。これは、「ルール作りを制する者が、貿易を制す」と言われることがあるほど、大事な要素である。

ジャンルごとに異なるが(例えば農業と自動車では異なる)、大まかに言えば、世界をリードしているのは圧倒的にアメリカとEUである(ジャンルによっては国連が入る)。

RCEPとTPPでは水準がかなり異なる(TPPとTTIPも異なる)。アメリカが抜けたあとかなり緩和された部分があるとはいえ、中国にとっては、RCEPでは大丈夫であっても、TPPの水準には、現段階では大変難しいと言えるのではないだろうか。

中国が水準の高い経済協定の経験ができないのも、ルールづくりで主要なアクターになれないのも、中国の政治体制に根本の問題があると言えるだろう。

アメリカがTPPにいれば、経済協定を使って、中国を少しずつ民主体制のほうにひきずりこんでゆき、中国の国家資本主義体制を崩すという、長期的で壮大な戦略を描けたかもしれない。実際、オバマ大統領が描いた戦略は、大まかにはこのようなものだったという。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアの制裁逃れ対策強化を、米財務長官が欧州の銀行

ワールド

シリア大統領夫人、白血病と診断 乳がん克服から5年

ワールド

タイ、追加刺激策が必要 予算増額を閣議了承=財務相

ワールド

「金利のある世界」、財政健全化進める=財政審建議で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story