コラム

民主主義の危機とはなにか?

2021年01月02日(土)10時00分

民主主義の興亡

これらの資料のいくつかは歴史的な民主主義の興亡にも言及している。その内容をおおまかに整理すると、下記のようになる。

 ・1980年代半ばまで世界の多数が民主主義になるとは誰も予想していなかった。そもそも民主主義が理想的なものとは考えられていなかった。
 ・2000年代まで世界各国で民主化が進み、2006年が民主主義のピークとなった。
 ・2006年以降、民主主義の後退が始まった。
 ・民主主義の後退は加速しており、コロナによりさらに早まっている。

民主主義が世界の主流となった背景には、世界のパワーバランスと大国の外交政策があった(具体的にはアメリカ)。そしてアメリカの外交政策が世界的な民主主義振興から後退したことが世界的な民主主義の後退の要因になっている。もちろんアメリカの意向によって追随する諸国の外交政策が変化することも影響している。Council on Foreign Relations(2020年11月)にはアメリカ、オーストラリア、日本が、2010代に入ると中国以外の反民主主義勢力にほとんど注意を払わなくなったことが指摘されている。

民主主義と資本主義の関係も影響している。民主主義と資本主義は初期の成長段階においては相性がよいが、ある段階を過ぎると資本主義は民主主義に悪影響をおよぼし始める。特に金融資本主義ではそうだ。所得によって政治参加の機会が限定されるのが代表的な例だ。民主主義を先導してきた欧米、日本などはすでにこの段階に達しており、民主主義は内部から弱体化されており、外交政策にもそれが反映されている。

さらに民主主義の維持、発展に必要とされる、所得、教育、民間セクターの成長、中間層の増加、民主主義価値観を欠いている地域にまで民主主義が広がっていたことが、民主主義の後退に拍車をかけた。こうした地域では民主主義の後退が起こりやすい。

アメリカの影響を大きく取り上げているのが、Alliance for Securing Democracy(2020年10月)である。このレポートを作成した、超党派のシンクタンクである米国ジャーマン・マーシャル財団のAlliance for Securing Democracyはアメリカの安全保障組織と関係があり、その活動は対ロシア、対中国に関するものが多い。

このレポートも対中国、対ロシアに焦点を当て、政治、経済、技術、情報の各分野にわたって現在アメリカが直面している課題を整理し、対策をまとめている。いやいやながらも現在の中国の影響力の大きさを認め、そのうえで対処方法を考えている。

アメリカは民主主義国家であり、民主主義は短期的に権威主義よりも経済あるいは技術革新で劣ることはあっても長期的には必ず優位に立つという前提に立っている。全編通して、「オープンで公正な我々と、秘密主義で不公正な中国とロシア」という視点に立っている。他の資料も程度の差こそあれ、こうした考え方に近いものが多い。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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