コラム

日本の警察は、今年3月から防犯カメラやSNSの画像を顔認証システムで照合していた

2020年09月14日(月)16時30分

・偏見や差別が固定化される危惧

警察が重点的に監視しているグループと、そうでないグループでは検挙数に差が出てくる。そして前回の予測捜査についての記事で紹介したように日本もアメリカも充分な根拠なく特定のグループを監視していることがわかっている。たとえば反戦活動家などの市民活動家も監視対象となっていた。

特定のグループを監視対象にし、そのグループでの検挙数が増え、顔認証データベースでの登録が増えれば(無罪や不起訴を含む)、さらに監視が強化され、優先的に照合をかけられるというフィードバック・ループが作られる。

・いたずらや捜査の攪乱に使われる可能性

なんらかの事件が起きた時に、過去の事件の報道写真から犯人の写真を取り込んで、SNSに「そういえば、あの事件の前に不審なヤツがいた」と書いてその写真を投稿すると今回の警察の顔認証システムに引っかかる可能性は高い。また「○○さんを事件現場の近くで見かけた」と実在する別人を名指しして過去の事件の犯人の写真を投稿することで、別人に警察の注意が向くように仕向けることもできるかもしれない。
ほとんどのSNSはメールアドレスのみで作ることができるので、こうしたいたずらや捜査攪乱が行われる可能性がある。

情報公開、検証、議論なしに拡大する顔認証システムへの懸念

警察が顔認証システムを利用した捜査を拡大することが予想され、そこに予測捜査も加わる可能性が高い。

・民間の防犯カメラを警察が一元管理し、顔認証する

すでに警視庁は非常時映像伝送システムと呼ばれるシステムを持っている。これは、警視庁がリアルタイムで交通機関など民間の監視カメラを一元管理し、顔認証システムで識別するシステムである。今後、連携する監視カメラがコンビニ・チェーンやマンション、ビルなど他の民間の監視および防犯カメラに拡大してゆく可能性がある。

コンビニで買い物をしていたら、突然警察官に任意同行を求められ、ついていったら顔認証システムの誤認だったとか、イベントなどに参加している最中に呼び出される事がないとは言えない。捜査の効率化は図れるかもしれないが、誤認によって顔が似ているだけの無関係な人の生活に支障をきたすリスクは増える。

・予測捜査との連携

予測捜査は顔認証システムと並ぶ新しい捜査手法として導入されている。過去の統計などから犯罪の発生場所や内容、犯人を予測するシステムである。アメリカでは広く導入が進んでおり、日本の警察でも導入している。くわしくは前回記事をご参照いただきたい。

予測捜査ツールには、必ずしも効果が確認できない、偏見と差別を助長する、プライバシーの侵害などさまざまな問題が指摘されており、アメリカでは禁止する地区や利用を中止する市も出てきている。予測捜査ツールを開発している企業や、採用している警察は効果を誇示するが、第三者機関によって効果が検証されているわけではない。感情や行動の識別機能を持った顔認証システムと組み合わせたシステムなども存在する。

予測捜査ツールで「潜在的な犯罪者」をリスト化し、顔認証システムで監視することが日常的に行われる可能性がある。問題は「潜在的な犯罪者」のリスト化に当たり、偏見や差別が含まれていることだ。予測捜査ツールのAIは警察のデータに含まれる偏りをそのまま学習してしまうため、その偏見や差別を残したまま判断をしてしまう。たとえばデモに参加したり、警察の監視対象となっている人物と同じ店の常連だったり、あるいは単に近所に住んでいたりするだけで「潜在的な犯罪者」に加えられることも起こり得る。なにかあるたびに警察の訪問を受けるようになれば周囲の見る目は変わってくる。「火のない所に煙はたたない」という目で見られるようになりかねない。


新しい技術を利用することのメリットもある。ただし、その前に充分な検証や情報公開そして議論が必要である。アメリカでは充分とは言えないが情報公開が進み、議論も行われている。たとえばニューヨーク市では市民の監視に用いている監視ツールの公開を義務化するPOST ACTが可決された。日本では顔認証システムと予測捜査に関する検証と情報公開はまだまだ不十分であり、議論以前の段階に留まっている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story