コラム

インドの監視管理システム強化は侮れない 日本との関係は......

2020年08月03日(月)17時00分

個人データベースに登録するために並ぶインドの女性たち 2013年 REUTERS/Mansi Thapliyal

<インドは、着々とデジタル権威主義国としての基盤を固めつつある。そしてその動向は少なからず、日本に影響を与えることになる......>

デジタル権威主義三つの柱

インドと聞いて何を思い浮かべるだろうか? 神秘の国? デジタル先進国? 人口の多い国? 現在、インドはデジタル権威主義国と呼ばれている。その実態をご紹介したい。デジタル権威主義とは権威主義体制がデジタル技術を利用して監視強化などを行うことを指す。デジタル権威主義大国の代表格である中国、ロシアにはそれを支える三つの仕組みがある。

1.監視 監視カメラ、SNS監視などさまざまなデジタル技術を用いて、国民の行動を監視する
2.世論操作 ネット世論操作、メディア操作を通じて世論を操作する
3.国民管理システム IDに生体認証情報(指紋や顔など)、資産、住所、職業、家族構成、購買行動、移動など網羅的に把握、管理する

「1.監視」と「3.国民管理システム」については、IT関連のレビューを行っているcomparitech社が67カ国を対象に国民監視システムの利用状況についての調査を行ってレポートを公開している(2019年10月19日)。これによればインドは1位の中国、2位のロシアにつぐ3位である。

また、「2.世論操作」に関しては、世界各国で行われているネット世論操作を研究しているオクスフォード大学のComputational Propagandaプロジェクトの(年刊)の事例研究で盛んにネット世論操作が行われていることが取り上げられている。こうしたことから考えて、インドが世界有数のデジタル権威主義国であることは間違いないと言えるだろう。

多くの日本人にとってインドはあまりなじみがない国だが、実は日本の将来を左右する深い関係がふたつある。

1.一帯一路に対抗するインド太平洋構想のパートナー

インド太平洋構想を日本政府は掲げている。アメリカ、オーストラリア、インド、ASEANなどがこの構想にかかわっている。ただし、その内容は各国それぞれ異なっている。日本の場合は、対中関係、特に一帯一路への対抗、共存を意識したものとなっており、日本の未来に重要な意味を持つ。

2.日本のNECがインドのデジタル権威主義のインフラを提供

日本のNECはアメリカのアービング警察、ロンドン警視庁、オーストリア連邦警察、デルタ航空、など70カ国以上、1000を超える認証システムを販売している監視ソリューションの世界大手である(2019年2月18日)。カーネギー国際平和財団のレポート『The Global Expansion of AI Surveillance』(2019年9月17日)でも世界的なAI監視システム提供事業者として中国企業やアメリカ企業とともにNECが掲載されている。

2019年6月29日に行われた内閣府主催の「スーパーシティ スマートシティフォーラム 2019」でもインドのシステムが紹介されており、これが日本政府の目指すスーパーシティの具体的な姿のひとつであることがわかる。海の向こうのあまりよく知らない国で起きていることではなく、日本の近未来の姿ととらえた方がよいだろう。

ちなみに一時期、スーパーシティの代表例として取り上げられることが多かったカナダのトロントの計画は中止になった。このプロジェクトはグーグルのサイドウォークラボが主導していたが、wiredの記事(2020年5月9日)によれば市の再開発当局はそもそも同ラボによるデータ収集が合法であるか怪しいと訝しんでいたという。

中国のファーウェイは世界各国にスマートシティのインフラを提供しており、生活圏を網羅するデータ連携はデジタル権威主義の基盤となっている。個人の全てのデータが共有され、管理されるスマートシティやスーパーシティはデジタル権威主義のインフラとなっている。そうでないとしても個人の人権を侵害する可能性を孕んでいる。日本がどのように個人の人権を守ってゆくかは大きな課題である。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

街角景気、4月DIは1年8カ月ぶり低水準 円安によ

ワールド

エクソンCEOの取締役会議長再任、カルパースが反対

ビジネス

豊田織、日銀の清水季子理事が社外取締役に内定

ビジネス

英GDP、第1四半期は予想上回る前期比0.6%増 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 4

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 7

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story