コラム

劇場版『鬼滅の刃』は慌てて観るには値しない

2020年11月24日(火)20時17分

私は、『鬼滅』の原作漫画版の『週刊少年ジャンプ』本誌掲載(205話で終了)を全部読んだし、アニメ版26話も視聴し、そのうえで『無限列車編』も観に行った。なるほど、確かによくできた作品である。『宇宙戦艦ヤマト 完結編』で「実は脳死では無かった」という理由でしれっと復活する沖田艦長のようなご都合主義は無く、主要キャラでも死ぬべき時には容赦なく死ぬ。

ジャンプ作品のみならず少年作品全般にある古典的な宿命「敵のインフレーション(主人公の成長と共に敵が際限なく強くなっていく現象)」もいい具合に断ち切られている。「人間と非人間を分けるのは、自己犠牲(利他性)の有無である」という普遍的なテーマも通底している。ラストに進むにつれて物語の劇的躍動は過熱し、原作最終回付近ではすわ落涙した。「普遍の傑作」とまではいかないが「名作」として読み継がれる作品であると思う。だが、正直ここまでのヒットとなる理由は「不思議の勝ち」であり、よくわからない。

幸村誠の『プラネテス』の原作漫画とアニメの方が国民的熱狂を巻き起こしても良いと思うが、そうなっていない。新海誠の『君の名は』が爆発的にヒットしたときも「不思議の勝ち」と感じた。同じ監督の作品なら『君の名は』よりも断然『言の葉の庭』を推す。だが、実際の興行成績や漫画の売り上げはそうなっていない。「不思議の勝ち」に理屈を付けるのはたやすいが、それをしたり顔で語る人間には特段の注意を要する。

『だんご三兄弟』のヒットは少子化と無関係

かつて『だんご三兄弟』の爆発的ヒットの理由を「少子化」と結びつけて語る風潮があった。笑止であった。これこそ「不思議の勝ち」であり、そこに理由などない。卑しくも評論をする人間は何かにつけ「〇〇はなぜ流行っているんでしょうか」という質問を受けることがままあるが、分からない場合は分からないと言った方が却って信用性が増す。分からないというよりも、「分かりようがない」のが正解なのだが、きちんと「分かりようがない、不思議の勝ちである」と言うべきであろう。

ただ『鬼滅』の大ヒットでかすかに言えることは、ブームが遅行的に訪れたことである。宇宙戦艦ヤマト、ガンダム(1st)も本放送ではあまり人気が無く、それが故に放送回数が途中からカット(短縮)されたのは有名な話である。ヤマトもガンダムも、本放送から1年近くたってじわりと火が付き、やがて爆発的大ヒットにつながる。1995年から放送された新世紀エヴァンゲリオンも、本放送当初はそこまで人気が無かった。人気に火が付いたのは翌年の再放送からで、ブームの絶頂は劇場版(旧)が公開された1997年の春から夏にかけてである。こちらも、1年ないし2年ぐらいの遅行がある。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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