コラム

「資産所得倍増」を打ち出した岸田首相「新しい資本主義」の欺瞞

2022年05月13日(金)14時57分

ロンドンのシティーで「キシダに投資を」と演説した岸田首相(5月5日) Peter Nicholls- REUTERS

<5月初旬に訪英した岸田首相は、ロンドンの金融街で「貯蓄から投資」への移行を約束した。自民党総裁選で強調した「成長と分配の好循環」はどこへ行ったのか>

5月5日、岸田首相は外遊先のロンドンで、自身が訴える政治方針である「新しい資本主義」について、貯蓄から投資への移行を促すことだと述べ、日本の個人金融資産2000兆円を利用し、「資産所得倍増を実現する」と表明した。しかしこの説明は、昨年の総裁選で訴えていた「成長と分配の好循環」という説明と大きく矛盾している。

菅前政権は、社会政策について、「公助」「共助」「自助」のうち「自助」を重視していた。2019年には、老後資金として一人当たり2000万の貯蓄が必要だと国が考えていることが明らかになっている。。これに対して岸田首相は総裁選で分配の重要性を訴え、金融所得課税の強化にすら言及していた。

筆者は昨年10月の記事で、岸田政権は結局「古い自民党」に過ぎないと指摘したhttps://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/10/post-23.php。しかし世間では岸田政権は菅内閣の新自由主義政策を是正し、中間層の立て直しを行うはずだと思われており、一部野党支持者にも岸田政権は支持を広げていた。

結局、党内外の猛烈な反対により、岸田首相は総裁選後に金融所得課税の強化を撤回し、分配についても「まず成長してから分配へ」という姿勢にトーンダウンした。しかし「新しい資本主義」のスローガンは継続して用いており、新自由主義路線からの転換を目指す方針は一応保たれていると思われていた。

新自由主義への回帰

しかし、今回岸田首相が「資産所得倍増プラン」を表明したことによって、「新しい資本主義」とは結局のところ新自由主義路線の継続でしかないことが決定づけられた。なぜなら、資産所得を強調すればするほど、トマ・ピケティのいわゆる「r>gの法則」によって、貧富の差は拡大していくからだ。

「r>gの法則」は2014年に邦訳が出版されたトマ・ピケティ『21世紀の資本』で取り上げられ、有名になった。資産運用による富の増加(r)は労働による富の増加(g)を上回るという法則で、つまり資本主義社会とは、放っておけば持てる者と持たざる者の格差は広がり続けていくシステムだというのだ。

これを是正するためにピケティは金融所得や資産に課税し、それを広く分配するという政策を提示する。岸田首相の初期の主張はまさにこの方針に近かった。しかし「資産所得倍増プラン」はそれに逆行するプランだといえる。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請23.1万件、予想以上に増加 約

ワールド

イスラエル、戦争の目的達成に必要なことは何でも実施

ワールド

フーシ派指導者、イスラエル物資輸送に関わる全船舶を

ビジネス

グローバル化の減速、将来的にインフレを刺激=ECB
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 3

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 4

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 5

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「高齢者は粗食にしたほうがよい」は大間違い、肉を…

  • 10

    総選挙大勝、それでも韓国進歩派に走る深い断層線

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story