アステイオン

アート

なぜ今「ブラック・アート研究」が世界中で盛んなのか?

2024年01月10日(水)10時50分
山本浩貴(金沢美術工芸大学講師)

意外に思われるかもしれないが、日本国内では、(とくにイギリスの)ブラック・アートに関する研究は進んでいると言える。

なかでも、1990年代から『この胸の嵐──英国ブラック女性アーティストは語る』(1990年、現代企画室)や『ブラック──人種と視線をめぐる闘争』(2002年、毎日新聞社)といった先駆的な著作を発表している萩原弘子氏のパイオニアとしての意義は大きい。

萩原氏は、2022年、自身の博士論文をまとめ直した『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』をすずさわ書店から上梓した。同書は、簡単な要約をはねつける骨太の学術書だ。まだまだ「パイオニア」として「過去の人」になる気はさらさらないという氏の気概を感じさせる。

ほかにも、清水知子氏の『文化と暴力──揺曳するユニオンジャック』(2013年、月曜社)や石松紀子氏の『イギリスにみる美術の現在──抵抗から開かれたモダニズムへ』(2015年、花書院)など、日本語で読めるブラック・アート関連文献は充実している。

日本がかつての植民地帝国であったという過去を考慮に入れると、ブラック・アート同様、「境界を往還する芸術」としての在日コリアン美術の重要性が見えてくる。

こちらのテーマについては、白凛(ペク・ルン)氏の『在日朝鮮人美術史1945-1962──美術家たちの表現活動の記録』(2021年、明石書店)などの例外を除き、国内での研究はまだまだ少ない。

国内でのブラック・アート研究のさらなる進展とともに、在日コリアンの芸術の現在や歴史についても、日本における研究の活性化が望まれる。そこから、両者の比較研究という新たな道も開けてくるかもしれない。

その意味で言えば、『アステイオン』99号の特集「境界を往還する芸術家たち」に所収されている各論考のあいだの接点や交点を比較研究的に探しながら読むことも、読者にとって、さらなる楽しみを引き出してくれるかもしれない。


山本浩貴(Hiroki Yamamoto)
1986年千葉県生まれ。文化研究者、アーティスト、金沢美術工芸大学講師。専門は美術・文化研究。単著に『現代美術史──欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。主な共著に『レイシズムを考える』(共和国、2021年)、『新しいエコロジーとアート──「まごつき期」としての人新世』(以文社、2022年)など。監修に『基礎から学べる現代アート』(亀井博司著、晶文社、2023年)。共編著に『この国(近代日本)の芸術──〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(月曜社、2023年)。「2000年以降の東アジアにおける現代美術の社会的実践に関する調査──大日本帝國による植民地支配が遺した影響との関係に着目して」にて、サントリー文化財団2016年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。



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アステイオン』99号
 特集:境界を往還する芸術家たち
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]

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