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アート

なぜ今「ブラック・アート研究」が世界中で盛んなのか?

2024年01月10日(水)10時50分
山本浩貴(金沢美術工芸大学講師)

たしかに、近代奴隷制のなかで、アフリカ大陸は主要な奴隷供給地として搾取され、そこにいた人々は奴隷として非人道的な扱いを受けた。また、主に欧米列強を中心とした植民地獲得競争が激しさを増すなかで、アフリカ大陸の大部分は細かく分割され、長らく不当な支配をこうむった。

しかし、戦時期における帝国主義のグローバルな拡大のなかで、植民地とされた国や地域はアジア・オセアニアやカリブ海地域を含め世界各地に存在する。

たとえば、日本(大日本帝国)は、かつて、19世紀後半から第2次世界大戦期にかけ、アジア・太平洋地域一帯に植民地・委任統治領・租借地などを有する広大な帝国を形成していた。

ブラック・アートの作品が、すべて近代奴隷制や植民地主義を明示的・直接的なテーマとして扱っているわけではない。

しかし、ブラック・アートは、多かれ少なかれ、そのようなポストコロニアルな(植民地支配以後の)世界からの影響下で制作されている。そして、現代の世界に残存するポストコロニアルな(植民地主義が生んだ)遺産と格闘することを志向するのだ。

国内外における最近のブラック・アート研究

近年、ブラック・アートの研究が国内外で盛んだ。

イギリスでは、美術史家のアリス・コレイア(Alice Correia)氏が編者を務めた『ブラック・アートとは何か(What is Black Art?』が2022年に刊行された。版元はペンギン・ブックス(Penguin Books)で、学術書としてではなく、どちらかと言えば一般向けの入門書として刊行されているところに、イギリスでのブラック・アートへの関心の高まりが示されている。

この本は、とりわけ「ブラック・アート・ムーブメント」と呼ばれる動きが活況を呈した1980年代に執筆されたものを中心に、イギリスで活動するブラック・アーティストたちに関連する重要な文章を集めたアンソロジーである。

入門書的な位置づけの同書には、読みやすい英語で書かれた編者による序文が付されており、イギリスにおけるブラック・アートの背景知識を理解するのに役立つ。

学術の場のみならず、近年、実際の展覧会でもブラック・アートに光が当てられる傾向が目立つ。世界最大の国際芸術祭のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレで、アーティストのソニア・ボイス(Sonia Boyce)氏は黒人女性として初めてイギリス館の代表を務め、ナショナル・パビリオン別の金獅子賞(最高賞)を受賞した。

ロンドン芸術大学で筆者が博士課程に在籍していたときの指導教員のひとりでもあったボイス氏は、1980年代から人種とジェンダーの交わりに焦点を当てた制作を行ってきた作家である。

加えて、個人に与えられる金獅子賞は、同じく黒人女性であるアメリカ人アーティストのシモーヌ・リー(Simone Leigh)氏が獲得した。このことも、現代アートの領域でのブラック・アートへの注目度という意味で、きわめて象徴的な出来事である。

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