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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

年に一度のロンドン建物探訪、オープンハウス

 説明を聞いていて、財力にまかせて個人の趣味をとことん突き詰めているのがおもしろいと思った。たとえば、大広間には歴史上の人物や小説の登場人物を象った金の彫像がたくさんあるのだけど、その人選はアスター氏が好きという理由だけで行われている。庶民のわたしとしては、お金ができることを教えてもらっている気分になって、アスター氏が残した美しいものたちをありがたく拝見した。

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大勢の客をもてなすパーティーを開いていた大広間。どこから見たらいいのか迷うほど、すべてが凝っている。アメリカ人のアスター氏、もしかして英国人には「ちょっとやりすぎなんじゃないの?」と陰で言われたりしなかったんだろうか?? 筆者撮影

 執務用の建物なので、こんな建物でも寝室はひとつだけだが、それも誘拐を恐れて作ったのだそうだ。アメリカから渡ってきたこのお金持ちは、一体どんな暮らしをしていたんだろうと気になってくる。

 ここではボランティアの人たちが案内してくれていたのだけれど、年配の方が多いこともあって、何かと慣れない様子がほほえましかった。タブレットでの予約確認に手間取って訪問者の若者に操作してもらい、そこで和やかな会話が始まる。一事が万事そんな感じで、英国らしいゆったりした時間が流れていた。これもオープンハウスらしいところだ。

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ウィリアム・モリスの壁紙をふんだんに使った部屋を大広間から眺めたところ。この建物は結婚式などのイベント用に貸し出しているそうだ。ゴージャスな上にテムズ川にも金融街シティーにも法曹エリアにも近くて立地も最高、人気がありそうだ。筆者撮影

 ここで事前予約していた2か所は終了した。今年はやはりコロナの影響なのか、人が少なめで行列もなく、思いのほか早く終わったので、まだ午後2時過ぎ。そのまま金融街シティーの建物を見ながらぶらぶら歩いていると、「オープンハウス、テンプル教会(Temple Church)、予約不要」の看板が目に入ったので行ってみることにした。

 テンプル教会は、歴史を大きく遡って十字軍遠征の時代、12世紀後半にテンプル騎士団のイングランド本部として最初に建てられた教会で、今は何度かの改装を経ている。マグナカルタ(大憲章)の原案が練られた場所としても知られていて、ダン・ブラウンのベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』にも登場するので、ご存じの方も多いだろう。映画の撮影にもこの教会が使われた。

 珍しい円形部分はエルサレムの聖墳墓教会(キリストが処刑されたゴルゴダの丘の跡地(とされる場所)に建てられた教会)を模している。公式サイトには「ロンドンのエルサレム」という文字もあった。少し調べるだけで歴史との深いつながりが山のように出てくる重要な教会なのだけど、ここではこのくらいにしておく。

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聖墳墓教会を模していると聞いて、5年前のイスラエル旅行の記憶をたどってみたけれど、その教会に行ったことぐらいしか思い出せなかった。なんてもったいない! 筆者撮影 

 全体にシンプルな造りで、清々しい空気が漂っているように感じた。祈りの場であるし、日曜で周りが静かだったというのもあるかもしれない。細工の細かいステンドグラスも美しかった。

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教会内部。教会内に横たわる中世騎士の彫像墓も見どころらしいのだけど、なんとなく気が引けて写真には撮れなかった。ヨーロッパでは誰かが埋葬されている上を平気で歩くくらいなので、写真ぐらい何でもないのかもしれないけれども、やっぱりなんとなく。気になる方は公式サイトからどうぞ。筆者撮影

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教会の入り口では赤い法衣姿の聖職者の方(ふつうの牧師さんではなさそうだけど、どんな職位なのか特定できず)がひとりひとりに「ようこそいらっしゃいました」とほほ笑みかけていた。筆者撮影

 テンプル教会の周りはインナー・テンプルとミドル・テンプル(どちらも法廷弁護士の育成・認定をする法曹院)の建物に囲まれていて、今ではその法曹院が教会を使っているらしい。周りの敷地には小さな野菜畑を持ち、花と緑が美しいインナー・テンプル・ガーデンがあって、ここも指定建造物の扱い。エリア全体が中世の頃からコミュニティーを作っていたことがうかがえて、21世紀にいることをしばし忘れてしまった。

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ロンドンのど真ん中にいるとは思えない牧歌的なガーデンの一角。筆者撮影

 こうして青空のもと、久しぶりにロンドンの美しい建物をめぐることができた。がらがらに空いた日曜のオフィス街では、リュックをしょった年配のカップルや子どもづれの家族の姿が妙に目立っていた。ゆっくり歩きながらも、どこかに行こうとしているのが感じられる。「きっとあの人たちもオープンハウスなんだな」そう思うと、なんだか親しみがわいて嬉しくなった。

 気がつくと、歩道に出たカフェのテーブルに見覚えのある女性が座っていた。一度は目をそらしたものの、そうだ、とすぐに思い出した。さっきTwo Temple Placeで写真を撮ろうとして、順番を譲り合いながら「この角度、いいよね」なんて話したおばさまだ。もう一度そちらを見ると、彼女もわたしを見ていてくれて、どちらからともなく微笑んだ。

 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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