最新記事

生物

北極圏海底に、300年生きる生物たちの楽園があった

2022年2月25日(金)17時00分
青葉やまと

北極海の海底に300年生きる海綿動物の楽園が広がっていた ALFRED WEGENER INSTITUTE/PS101 AWI OFOS SYSTEM

<海氷が光を遮る1000メートルの水底に、海綿動物の広大な楽園が広がる。その栄養源は、数千年前の生物が残した遺物だ>

北極海中心部は海氷に覆われており、地球上でもっとも不毛の海といわれる。しかし、北極圏最大の海底死火山・カラシク山の近海には、スポンジ状の海綿動物の楽園が広がる。

カラシク山は裾野を深海5000メートルにまで広げ、山頂は海氷の下560メートルにまで迫るという巨大な海山だ。付近で大量の生物が初めて確認されたのは、今から6年ほど前のことだった。分布域はフットボール場3000個分ほどにも及んでおり、当時の生物学者たちを驚かせた。

その発見以来、海綿たちが何を食べて生きているのかという謎が未解決のまま残されてきた。通常、海綿は海水をろ過して植物プランクトンなどの栄養分を濾し取ることができるが、光の届かないこの付近の海水にはほぼ栄養素が含まれていない。

このたび学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に掲載された論文により、その謎に対する答えが示されたようだ。1000〜3000年前に海底で栄えた環形動物がおり、それらが育んだ残骸が数千年経った今になって、海綿の生命を支えているのだという。

地形調査中に出会った、予想を超える生物の群れ

カラシク山近海での生物の発見は、2016年に遡る。ドイツのアルフレート・ヴェーゲナー研究所に務めるアンティエ・ボエティウス博士(地質微生物学)率いる調査チームは、この海域に特殊な水中カメラを投下した。主な目的は、付近の海底山脈の地図を作成することだ。

生物の観察に関してはほぼ期待できず、100メートルごとにナマコ1体、1キロごとに海綿1つがみつかる程度だろうというのが事前の読みだった。しかしボエティウス博士らチームは、カメラからの映像に息を呑む。

博士は当時の様子を、米アトランティック誌に対しこう語っている。「映像はぼやけていてライトも10メートルほどしか届かないため、最初は何もみえませんでした。」「しかし、(海底から)5メートルほどまで近づくと、丸みを帯びた複数の塊にあたり一面覆われているのがみえたのです。さらに(カメラが)近寄ると、私たちはいっせいに叫びました。『海綿だ!』」

通常の海綿は直径数センチほどの球形のスポンジ状となっているが、カラシク山付近には直径1メートルにも達する巨大な個体も生息していた。数も非常に多く、場所によっては「海綿同士が折り重なり、海底が見えない」ほどだったという。ほとんどがはるか昔から存在しており、平均で300歳ほどと見積もられている。

深海に広がる15平方キロの楽園

ボエティウス博士は、カメラなど機材一式をソリに乗せて海底を走らせた。すると、分厚い氷に覆われた水深1000メートル付近という光すら届かない領域に、広さ15平方キロにもおよぶ海綿の生物群が広がっていることがわかった。フットボール場3000個分、あるいは渋谷区全域ほどの広さだ。死の場所と思われていた海底死火山・カラシク山周辺において、このような発見はまったく予想外のものだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

米国株式市場=S&Pとナスダック下落、ネットフリッ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中