最新記事

ドイツ

ドイツ新首相、候補者3人の誰にも希望を見いだせない悲しい現実

Three Candidates, No Answers

2021年9月23日(木)09時40分
ピーター・クラス

しかし注目度が急上昇したベーアボックには、多方面から露骨に女性差別的な攻撃が仕掛けられている。「子供の世話は誰がするのか」と問われた際には、女性の指導力や男性の育児力に関する議論が全国に広がった。偽造のヌード写真がばらまかれるという下劣な攻撃もあった。

そんな偽情報を流したのは国内の極右勢力とロシアの手先だ。有力紙デル・ターゲスシュピーゲルの調べでは、極右勢力によるヘイトスピーチの対象になった回数はベーアボックが最も多く、ラシェットの3倍だった。

しかし、そんな偽情報よりも深刻なダメージになりそうなのは、彼女の学歴や能力に関する暴露趣味的かつ女性蔑視的な報道だ。例えば、彼女はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで得た法律の学位ではドイツで弁護士になれないだろうと批判された。そして、ベーアボックは一貫して経験不足を問題視されている。

彼女自身も、敵に付け入る隙を与えるような過ちを犯している。例えば、18年から20年の間に2万5220ユーロの所得を申告していなかった。また国の将来に関する自分のビジョンをつづった著書に盗用疑惑も浮上している。

それでもテレビ討論会でのベーアボックの議論には説得力があった。気候変動に関する国の不作為やインターネット接続環境の地域格差を問われたとき、ラシェットとショルツは責任逃れに終始したが、ベーアボックはそれなりに現実的な対策を示せた。

しかし彼女は上品過ぎ、ライバルとの違いを強く打ち出せなかった。首相候補というより「もう1人の司会者」に見えたという評価もある。

ショルツはリーダーシップを示せず

テレビ討論後の論評や各種世論調査を見ると、この段階での勝者は中道左派のショルツとされている。それも当然。なにしろ現職の財務相だし、雰囲気もメルケルに似て信頼できそうに見える。しかもラシェットの執拗な攻撃を巧みにかわした。

若くて首相っぽく見えないベーアボックや、偉そうだがほえ立てるだけのラシェットに比べると、数字や専門用語を巧みに操るショルツはドイツ人好みの安定感のあるリーダーに見えた。

だが「ショルツ首相」の誕生を懸念する人も多い。過去に有力銀行で起きた粉飾決算事件の捜査で彼の果たした役割には今も多くの疑問が残っており、相当数の国民がショルツは信用できない(あるいは無能だ)と考えている。

今度のテレビ討論で都市部の賃貸住宅価格上昇について問われたときも、ショルツは1973年に80万戸のアパートを建設できたのだから、今でも年に40万戸くらいは建設できると答えた。あまりに短絡的だ。価格上昇の背後に潜む脱税やマネーロンダリングの問題を無視しているし、今の時代に大規模な都市開発を進めることが地球環境に及ぼす影響も考慮していない。

地球温暖化対策についての質問でも、ショルツは連立相手のCDUに責任を転嫁するだけだった。気候変動と戦う今後のビジョンを問われても、太陽光発電と風力発電の量を増やすという漠然とした約束しかできなかった。

今回の選挙戦では、ベーアボックもラシェットもショルツも、それぞれ一度は世論調査でトップに立っている。だが誰も、まだ本当のリーダーシップを示せていない。気候の危機が近づき、コロナの危機が終息せず、格差も拡大する一方の現在、このまま投票日を迎えたら有権者の胸に残るのは「もうメルケルはいない」という喪失感だけだ。

From Foreign Policy Magazine

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中