最新記事

米社会

ニルヴァーナの「全裸赤ちゃん」が児童ポルノなら、キリストの裸もアウト?

Swimming Through Time

2021年9月10日(金)12時16分
アン・ヒゴネ(コロンビア大学教授)
ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』

ロック史に残るニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』(1991年)のジャケットデザインが児童ポルノと訴えられた PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE

<ニルヴァーナ伝説のアルバム『ネヴァーマインド』のジャケット写真をめぐる児童ポルノ論争に、この30年の社会規範の変化を見た>

伝説的なグランジロックバンドのニルヴァーナが、アルバム『ネヴァーマインド』を発表したのは1991年のこと。素っ裸の赤ん坊が、水中で釣り針に刺さったドル紙幣に手を伸ばしている(ように見える)写真は、音楽史上最も有名なジャケットデザインの1つになった。

きっかけは、フロントマンのカート・コバーンがテレビで見た水中出産のドキュメンタリーだった。この番組から着想を得たコバーンが伝えたかったことは、「最もイノセントな人間でも、カネのとりこになることがある」だ。

時代は変わる。そして、時代は私たちを変える。

このジャケット写真の赤ん坊スペンサー・エルデンも、今は30歳。この8月末、『ネヴァーマインド』に使われた自分の写真は、商業的な目的で頒布された児童ポルノだと主張して、損害賠償請求訴訟を起こした。

エルデンが水中に漂っている写真は、カメラマンのカーク・ウェドルの友達だった父親が、半分おふざけで撮らせたものだった。謝礼は200ドル。もちろん、エルデンには自分の写真(しかもヌード)が使われることに同意する能力はなかった。

その後、『ネヴァーマインド』は3000万枚以上を売り上げ、コバーンとニルヴァーナは一躍スターの仲間入りを果たした。

現在は画家として活動するエルデンは、これまでに何度かパロディー写真(ただし水着などの服は着ている)を発表して、その名声を楽しんだ時期もあった。だが、いつまでたっても自分の赤ん坊時代の姿が付きまとうことに辟易したらしい。

美術館には赤ん坊のペニスが並ぶ

エルデンは、自分のペニスは音楽業界で最もよく知られているペニスの1つかもしれないと言う。だが、音楽業界という枠を取り外すと、史上最もよく知られている赤ん坊のヌードは、イエス・キリストのそれだろう。ルネサンス期の美術品を展示する美術館に行けば、神々しい赤ん坊のペニスを次から次へと拝むことができる。

そこに現代の規範を当てはめると、わが子の性器を世界の好奇の目にさらして、商業的に搾取しているのは......聖母マリアということになる。だが、こうした解釈は間違っていることを、美術史学者レオ・スタインバーグは96年の研究で示している。

スタインバーグは丁寧なリサーチにより、裸の赤ん坊のモチーフには神学的な意味があることを明らかにした。幼きイエスの裸体は、神が人を救うだけでなく、最弱者の姿をして人の前に現れたことを示しているのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国ファーウェイ、自動運転ソフトの新ブランド発表

ビジネス

円債中心を維持、クレジットやオルタナ強化=朝日生命

ビジネス

日経平均は3日続伸、900円超高 ハイテク株に買い

ワールド

柏崎刈羽原発6・7号機、再稼働なら新潟県に4396
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中