最新記事

人権問題

アメリカが拷問と、いまだに決別できない深刻な理由

After Torture

2019年8月2日(金)16時45分
ジェフ・スタイン(ジャーナリスト)

「敵性戦闘員」を収容したキューバのグアンタナモ米海軍基地の内部(09年) JOHN MOORE/GETTY IMAGES

<拷問と虐待が大問題になり、オバマ政権下で改革が行われて10年――尋問官の行動が変わらないのは、拷問に効果があるからではない>

第二次大戦時のドイツ空軍の尋問官ハンス・シャルフは、終戦時には敵国でも伝説的な存在になっていた。

実業家だったシャルフが徴兵されてナチス・ドイツの軍隊に加わったのは、1939年。その後、捕虜として捕らえた連合国軍のパイロットの尋問官役を務めるようになった。

するとたちまち、ドイツ空軍内で高い評価を得るようになる。捕虜から重要な情報を引き出す能力が卓越していたのだ。しかも、捕虜に指一本触れずに目覚ましい成果を上げた。「彼なら修道女に性的不品行を告白させることだってできるだろう」と、尋問を受けたことがある人物の1人はのちに語っている。

戦後、米国防総省が弾道ミサイル計画でナチスのロケット科学者だったウェルナー・フォン・ブラウンの力を借りたように、シャルフの専門技能も米軍の目に留まった。米空軍はシャルフを招いて尋問手法を講義させ、そのテクニックを空軍の教育機関でも取り入れた。

その後、シャルフ流の尋問法の有効性が広く認められるようになったが、アメリカの軍と情報機関の現場では必ずしもそれが実践されていなかった。その傾向は、01年の9.11テロでニューヨークの世界貿易センタービルとワシントン郊外の国防総省がテロ攻撃の標的になった後、いっそう強まった。

次のテロ攻撃の影に怯えたCIAは、シャルフ流の手法の有効性を示す実例を無視し、アクション映画さながらの尋問手法にのめり込んでいった。対象者を脅し、拷問を加えるというやり方だ。「強圧的でない『戦略的尋問』のほうが有効だという教訓は忘れられてしまった」と、アメリカの尋問手法に関する06年の研究は記している。

しかしその後、CIAのブラックサイト(テロ容疑者を収容する秘密施設)や、いわゆる「高度尋問テクニック(EIT)」──拷問の婉曲表現だ──の実態が報じられるようになると、国際的な非難が強まり始めた。

米上院情報特別委員会の調査によれば、容認し難い拷問が行われていただけでなく、そうした手法の有効性が過大評価されていた。拷問対象者は、激しい苦痛から解放されたい一心で虚偽の情報を口にする場合もあったという。その場合、情報機関は無駄な調査や工作活動をする羽目になる。

法律を骨抜きにする動き

09年に就任したバラク・オバマ前大統領は、1月の政権発足早々に拷問を禁止した。同政権はこの年、新しい方針の下でテロ容疑者の尋問を行うために、CIAとFBIと国防総省の専門家を集めて「重要収容者尋問グループ(HIG)」という組織を新設した。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中