最新記事

教育

外国語学習では、年長者の方が語学力が向上する

You’re Never Too Old to Become Fluent in a Foreign Language

2019年1月22日(火)18時15分
モニカ・シュミット(英エセックス大学・言語学教授)

大人は一部の文法とアクセントが苦手だがそんなのは些細なこと! Yagi-Studio-iStock.

<子供にはかなわない、というのも嘘。同じ勉強をすれば、年長者のほうが上達が速い。ネイティブ並みに流暢になることもできる>

5月2日に学術誌「コグニション」に第二外国語に関する新たな論文が掲載されると、BBCやデイリー・メール紙、ガーディアン紙などの英メディアは、こぞってこれを取り上げた。10歳を過ぎたら外国語を流暢に喋れるようになるのは不可能――こんな悲観的なメッセージが、大々的に報じられた。

だがこれらの報道はいずれも、論文の真意を伝えるものではなく、報道は全くの間違いだ。

まず、コグニション誌に発表された論文では、「流暢」という言葉は一度も使われていない。それにはちゃんとした理由がある。論文の筆者をはじめ、年齢が外国語の習得に及ぼす影響を研究している科学者たちは誰も「流暢さ」には関心がない。

母国語とは異なる言語が「流暢」という意味は、話す側にとっても聞く側にとっても負担にならず、比較的容易にコミュニケーションがとれるということ。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、発音もアクセントもネイティブレベルではないし、「delightful(嬉しい)」を「delicious(美味しい)」と言ってしまうこともあるが、それでも彼の英語は「流暢」だ。

簡単な文法でつまづく不思議

実際には、誰でも年齢に関係なく外国語に堪能になることができる。それにしても、成人は幼い子どもほど早く習得するのは無理でしょう、という考え方さえも間違いだ。ある外国語について、異なる年齢グループに同じ教育を施せば、短期的にも長期的にも決まって年長者の方が語学力は向上する。何歳になっても、慣用句やことわざなどの難しい構造を含め、外国語のボキャブラリーを習得することは可能だし、ネイティブ同様のレベルを達成することだってできる。

不可解なのは――冒頭の論文にも記されていることだが――年長者の場合、全てではないが一部の文法の習得で年少者より苦労することが多くみえることだ。

例を挙げよう。たとえば英語の場合、主語が三人称単数だと、大部分の動詞は末尾に「s」がつく。主語が「I (私)/ you(あなた) / we(私たち) / they(彼(女)ら)」の場合は「walk」だが、主語が「he(彼)/ she(彼女)」なら「walks」となる。

だが第二外国語を学ぶ多くの人が、ボキャブラリーは驚くほど豊富でも、こうした比較的単純な文法上の決まりについては間違いを重ねる。だが、より若いうちに外国語を学んだ人は、年長者よりも容易に、そうした構造を習得できるようだ。ネイティブ同様のアクセントの習得についても、同じことが言える。

「臨界期」仮説の意味

年長者が、文法上の細かい部分の習得に苦労するのは何故なのか。言語学者たちの意見は、依然として割れている。コグニション誌に発表された今回の研究報告の筆者をはじめ、一部の言語学者は、いわゆる「臨界期」仮説を支持している。脳には語学の習得を可能にする特別なメカニズムがあり、思春期ぐらいの年齢(大部分の人が母国語をマスターする年齢)になるとそのメカニズムの「スイッチが切れる」という考え方だ。

ほかの研究者は、年長者が年少者よりも学習成果がやや劣るのは、年齢を重ねるにつれて起こりがちな環境の変化にあると指摘する。たとえば勉強する時間が減る、学習能力や記憶力全般が低下する、アイデンティティーがより確固たるものになる、などの変化だ。

では、標準的な言語学研究と比べて、コグニション誌に発表された研究は何が新しいのか。それは、前例のない規模のデータセットを使用していることだ。

研究者たちは、ソーシャルメディア上で共有された文法クイズを通じて、70万件近い回答を得た。そのうち3分の2が、英語を第二外国語とする人々からの回答だ。これによって研究者たちは、学習する年齢と上達度合いの関係を、これまでよりも詳しく示すことができた。

年齢は問題じゃない

データを分析した研究者たちは、17歳を過ぎてから英語を学び始めた人の場合、文法クイズの回答の正確さが急激に落ち込むことを発見した。大部分のメディアが大々的に報じた「10歳」よりもずっと後だ。

今回の研究は新しい手法によるもので、今後多くの研究者たちが同様のツールを使い、これまでの研究よりも遥かに多くのデータを収集するだろう。そしてそれらのデータを基に、語学の習得に臨界期はあるのかどうかについての学術的な議論が展開されていくだろう。

だがこうした研究の所見が「外国語を流暢に操れるようになるには、10歳を過ぎてから学習するのでは手遅れであることを示唆している」と伝えるのは、科学的な研究の曲解の最たるものだ。

何歳であれ、外国語を完璧に、流暢に話せるようになることは可能だ。文法やアクセントに多少問題があっても、多くの場合はそれがかえって魅力になる。

新しい言語や楽器を習得しよう。新しいスポーツに挑戦しよう。あるいは、これらのいずれもやらなくたって構わない。だがやるにせよ、やらないにせよ、年齢のために諦める必要はない。

(翻訳:森美歩)

<この記事は2018年5月22日掲載記事の再掲載です>

Monika Schmid, Professor of Linguistics, University of Essex

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ホンダ、旭化成と電池部材の生産で協業 カナダの新工

ビジネス

米家電ワールプール、世界で約1000人削減へ 今年

ビジネス

ゴールドマンとBofAの株主総会、会長・CEO分離

ワールド

日米の宇宙非核決議案にロシアが拒否権、国連安保理
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中