コラム

公判開始前から難航しているジョージ・フロイド氏殺害裁判

2021年03月09日(火)16時00分

ジョージ・フロイド氏の事件をきっかけにBLM運動は大きなうねりとなった Caitlin Ochs-REUTERS

<BLMの世論に押されて「殺人」での起訴となった事件だが、ミネソタ州の上級審が初級審に「傷害致死」の審理の追加を勧告>

2020年5月25日、ミネソタ州のミネアポリス市で46歳の黒人男性ジョージ・フロイド氏が、警察官により首を膝で7分間に渡って圧迫されて死亡する事件が発生しました。このニュースは一瞬にしてアメリカの社会を一変させました。理不尽としか言いようのないフロイド氏の殺害シーンの動画は、全米の世論を沸騰させ、他でもない「BLM(黒人の命は重要だ)運動」が再燃したのでした。

とりあえず事件直後に実行犯のデレク・ショービンという白人警官は解雇されました。最初は傷害致死に等しい「第3級殺人」容疑だったのですが、後に殺人罪である「第2級殺人(と同じく重罪である第2級傷害致死)」で起訴されています。その公判が3月8日から開始予定となっていました。

ところが、その3月8日の直前になって公判の先行きが怪しくなってきました。というのは、公判直前の3月5日の時点で、ミネソタ州の控訴審が今回の殺人罪を裁く初級審に対して勧告を行ったからです。それは、「第2級殺人」容疑に加えて、「第3級殺人」容疑も同時に審理した方がいいのでは、という勧告でした。

殺人の有罪認定はハードルが高い?

どういうことかというと、控訴審としては「デモ隊や世論に押されて重罪である第2級殺人での起訴にスイッチした」案件であるが、「第2級殺人の有罪認定はハードルが高い」ので、「万が一無罪になるといけない」から「第3級」の容疑も同時に進めるべきでは、という意味合いで「勧告」をしたと考えられます。

ちなみに、昨年にショービンが「第2級殺人」で起訴された際には、「第3級殺人」の有罪判例は全て「複数の人間に対する暴力の結果、その中の1名以上を死に至らしめた」場合に限るので、フロイド事件には当てはまらないと却下していたのだそうですが、その後、2017年に有罪となった判例があることが判明したのだそうです。

これに対しては、まずミネソタ州の初級審には、そのように起訴済みの容疑の中から「審理の対象を自由に組み合わせる権限はない」そうで、初級審としては困惑しているようです。また、8日の公判開始日が来たわけですが、「第2級殺人」だけなのか、「第3級殺人」を加えるのか決まっていないということでは、陪審員の選任もできないということになり、初日の法廷は進行しませんでした。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&Pとナスダック下落、ネットフリッ

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ビジネス

NY外為市場=円・スイスフラン上げ幅縮小、イランが

ビジネス

米P&G、通期コア利益見通し上方修正 堅調な需要や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story