コラム

毛沢東の衣鉢を受け継いだ習近平を待つ「未来」

2016年03月09日(水)14時50分

 中華人民共和国の創設者である毛沢東(マオ・ツォートン)は、その時代に比類なき声望と権力を欲しいままにした。しかし毛沢東は何度も「革命運動」を発動して国家を崩壊の瀬戸際に追い込んだ。その後、鄧小平(トン・シアオピン)による経済領域の「解放」によってこの国は生き返るが、鄧が指定した後継者の江沢民(チアン・ツォーミン)と胡錦涛(フー・チンタオ)は鄧の政策に従うだけの「国家の看守」に過ぎず、共産党政権を自分の代で壊さず平穏無事に次の世代に引き渡せばそれでよかった。

 しかし、習近平(シー・チンピン)は前任の2人とは違う。彼は正真正銘の「紅二代(編集部注:いわゆる「太子党」の中でも49年の新中国成立以前に共産革命に参加し、日中戦争や国民党との内戦で貢献した党幹部の子供)」で、毛沢東は彼の精神の上の父である。彼は自分をこの国の「所有者」と考えている。けっして「経営者」などではない。この国を自分の家と考えている点が、彼と江沢民・胡錦涛の最大の違いだ。「中国の夢」を実現するため、政敵と彼の「資産」を盗み取る腐敗分子に打撃を与えるため、習はすでに多くの人々を傷つけてきた。私を含めた海外に住む中国人は習近平が彼の統治期間の10年が終わった後、穏やかに権力移譲することがほとんど不可能だ、と予測している。もし彼が胡錦涛のように普通に政界を引退すれば、行動力のある政敵一派に暗殺されるだろう。権力欲ではなく、自身の安全のために習近平はすべて安心して引退できないのだ。

 去年、毎年恒例の「春節交歓晩会(春節前夜に放送される娯楽番組で、歌以外にも漫才やコント、マジック、舞踊などが演じられる。日本のNHK紅白歌合戦に当たる。略称「春晩」)」が放送された。「春晩」はこれまでも共産党によるプロパガンダの道具だったが、それでも少しは娯楽性があった。ところが昨年の春晩はこれまでになくプロパガンダ度を増しており、個人崇拝色は覆い隠すこともできないほどだった。番組の中で歌われた「わたしの心をあなたにゆだねる」という曲では、歌手が「私の兄弟姉妹は、心をあなたをゆだねる」と歌った時、テレビ画面は習近平が大衆と会うニュース映像に切り替わった。あらゆる中国人はこのような場面を見て毛沢東の時代の宣伝ポスターや映画を連想し、中国の歴史が逆行するのではないか、と心配した。

 今年の春晩では、逆行の兆しは去年よりさらにひどくなった。共産党と指導者個人を賛美する歌があふれ、「栄誉」という曲ではテレビ画面に歴代指導者のニュース映像が流れた。毛沢東、鄧小平、江沢民、胡錦涛そして習近平だが、習より以前の4人は各5秒、それぞれ2本の映像だけだったのに対し、習は7本の映像が流された。彼の重要性は言わずもがなだ。今年の春晩では、初めて100人の陸海空3軍儀仗隊の将兵が去年の軍事パレードを再現した。100人もの軍人が隊列を組み、家庭が団欒を楽しむ大みそかの夜に現れる――濃厚な軍国主義とつり合いがとれていないのは明らかだ。

 番組の後に流れるエンドロールはさらに秘密を明らかにした。今回の春晩のプロデューサーは彭麗娟(ポン・リーチュアン)、彼女は習近平の妻である彭麗媛(ポン・リーユアン)の妹だ。彼女は彭麗媛の「代理人」だが、ネット上で探せる情報は極めて少ない。ただ春晩のプロデューサーが彭麗媛の妹であるならば、習近平と彭麗媛が舞台裏ですべてをコントロールしていたのは明らかだ。

 ここ数日、私は「習近平」「習おじさん」というキーワードでネット上で歌を検索した。すると、20曲近い習近平の賛美する歌が見つかった。ある歌の作者は政府、ある歌は民間だった。今月初めに北京で開催した「両会(編集部注:全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)」で、チベット代表団の代表たちはすべて習近平の肖像入りのバッジを付けていた。14年以降、習近平のポスターを作る民間企業は絶えず、正月用の絵や肖像画付き陶磁器、胸像が売られ、政府は習近平語録を数十種類の言語で全世界に向けて発行している。ネット上には習近平語録を歌詞にした歌まで出現した。ネット上にある習近平関連のニュースの後のコメント欄には、習の再任を呼びかける声がいくつも書き込まれている。習近平の長期間に及ぶ統治を希望するこういった声が「官製」なのか、あるいは民衆の真実の声なのかは定かではない。しかし、このような数々の現象は、中国社会全体が毛沢東時代への回帰しつつあることを示している。

 毛沢東が死去してから40年が経つ。しかし中国は一貫して毛と彼が始めた文化大革命の罪を清算して来なかった。習近平はまた公式の場で、(解放後の)中国は初期の30年と後期の30年を互いに否定できない、と語っている。去年7月、100人以上の弁護士が事情聴取・逮捕され、今なお不法に拘束されている人がいる。香港の銅鑼湾書店の店主ら5人は習近平を傷つける本を出したために秘密裏に中国に拉致され、取り調べを受けている。テレビニュースでの上で自白させられ、自発的にイギリス国籍を放棄する、と公言した人もいる。有名な不動産ビジネスマンで共産党員でもある任志強は、習近平の「メディアは党の子供」という政策を疑問視したため、微博のアカウントを削除されただけでなく、中央メディアの文革式に批判にさらされている。

 多くの人が習近平による新たな文化大革命の発動を心配しているが、私はそうは思わない。習近平は確かに水晶の棺に眠った毛沢東から「衣鉢」を受け継いだが、彼が大衆運動を始めることはできない。現在の中国の経済情勢がかなり危険で、軍隊と警察による治安維持すらおぼつかないからだ。そんな状態で、どうして文革の発動という自殺行為に踏み切れるだろうか。

 最も可能性が高いのは、経済情勢が悪化した状態で一党独裁の統治体制を守るため、中国は以前の毛沢東時代まで徐々に後退し、まるで現在の北朝鮮のような「先軍政策」を実行することだ。極度に困難な経済情勢の下、軍隊と警察の給料を優先的に保障することで、全体主義政府が倒れないようにする。国民の感情などには構っていられない。中国共産党はすでに、数年後にやって来る可能性がある経済危機や食糧危機、社会危機に対する準備をしている。

 習近平はひたすら「中華帝国」の偉大な皇帝を夢見ているのだろう。しかし現実は彼の望むようにはならない。彼を待つ運命は、明代のラスト・エンペラーだった崇禎帝のような結末だろうか?(王朝の不正や重税に農民が苦しんだ明末の1644年、農民指導者の李自成の軍隊が北京に攻め入り、明の崇禎帝は自殺に追い込まれた)。

<次ページに中国語原文>

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン攻撃なら状況一変、シオニスト政権

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ビジネス

中国スマホ販売、第1四半期はアップル19%減 20

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story