コラム

大江千里が明かす、反ワクチン派と濃厚接触して「僕がショックを受けた理由」

2021年10月12日(火)14時25分

ミルウォーキーのフェスで観客は間隔を空けて飲酒していた SENRI OE

<自分が触れ合う人たちは新型コロナのワクチンを接種済みであるという「思い込み」は、相手にリスクをもたらすことも。日本と同じく市民の65%がワクチン接種済みのニューヨークで、大江千里が学んだこと>

ニューヨークは新型コロナウイルスのデルタ株の感染拡大がすごい。僕の友達もかかって味覚を失った。ただしワクチンを2回打っているので、大ごとにならず自宅にいる。

9月6日のレーバーデー(労働者の日)がオフィス再オープンののろしになるかと思えば、在宅勤務続行に切り替える企業が増えた。再開時期のめどはアマゾン社が来年1月、ニューヨーク・タイムズ社は今も未定。僕が関係するソニーのオフィスも、9月半ばに訪れたときには99.9%、人がいなかった。

レストランでの屋内飲食や美術館に入館する際などに、ワクチンを打ったことを示す「ワクチンパスポート」を見せることが義務付けられ、僕はIDを忘れて家を飛び出すことが多く、しょっちゅう中に入れない。

ブロードウェイミュージカルも復活したが、出演者、スタッフ、観客、全てがワクチンを接種していないとダメ。12歳未満の子供や健康上の理由があるなどで例外が認められる場合でも、ショー開始前72時間以内のPCR検査で陰性を証明する必要がある。劇場の中では、食べ物や飲み物が売られている場所以外でマスクを外すのはご法度だ。

一方で、周りのレストランは「やっとこの時がやって来た」という感じで再開の準備を進めている。

僕自身も9月初めにウィスコンシン州ミルウォーキーで開催されたフェスに出演したが、出演者、観客全員がワクチンパスポート提示、もしくはその場でPCR検査だった。会場が広大だからか大半がノーマスクで、でも全体の人数が少なく感染の危機感はさほど感じなかった。開催者側が入場者を分散させたのが良かったのかもしれない。

日本では「公演を見た後に友達と居酒屋で盛り上がるのが一番危ないから、終わったらそのまま帰ってください」と呼び掛けているそうだが、その考えは今のニューヨークにはないと思う。

飲食での感染を心配する人は初めから外に出ない。ワクチンパスポートで接種を立証できる人は、感染したとしても重症化はしない。それが現実的なニューヨーカーの安全に対するコンセンサスだ。

自分が感染させてしまうリスク

だがつい先日、撮影のためにメークをしてもらっているとき、至近距離で「実は私、アンチワクチン派」とメークの人が言った。「え?」「ワクチンしていない」「そ、そうなの」。一瞬戸惑いが声に出てしまう。

「どうかスタッフに言わないでね。バレたらクビになるかも」。僕が固まったのを見て、彼女は慌てて言った。僕は言わない。しかし混乱した。

その現場はパスポート必須ではなかったのかもしれない。彼女はPCR検査をして陰性だったのかもしれない。それより僕は「お互いに打っている」を当たり前だと思い込んでいた自分にショックを受けたのだ。

感染していても症状が軽く済むという前提でマスクなしでさんざんしゃべりまくったのだ。逆に僕が感染させてしまったかもしれないと思った。当然と言えば当然だが、違う方向から見ると安全に関しての見え方が全く異なることを身をもって知った。

その日以来、僕はマスクをする機会を増やす。この問題は単純ではない。開きつつある街で僕は思った。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア夏季攻勢、予想外の場所になる可能性も=ウクラ

ビジネス

米テスラ、テキサス州の工場で従業員2688人を一時

ビジネス

米UPS、利益が予想上回る コスト削減で需要の弱さ

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story