コラム

ミャンマー軍政と対立する少数民族に中国がコロナワクチン接種をする理由

2021年05月14日(金)18時20分

それにも関わらず、中国赤十字はKIA支配地域でワクチン接種を進めているのであり、アル・ジャズィーラは2月以来すでに2万人が接種を受けたと報じている。

敵の味方は敵か?

関係の構図だけみると、軍事政権の後ろ盾である中国がKIAを敵視しても不思議ではない。それにもかかわらず、中国赤十字がKIA支配地域でワクチン接種を進めていることは、ミャンマーと中国の複雑な関係を象徴する。

一言でいえば、KIAは軍事政権と衝突していても、その後ろ盾である中国とは必ずしも敵対していないのである。「敵の敵は味方」という古い格言があるが、「敵の味方が敵」とは限らない。

その一つの転機になったのが、2015年10月に結ばれた全国停戦合意(Nationwide Ceasefire Agreement)だった。これはミャンマー各地にある8つの反政府少数民族の武装組織とミャンマー政府・軍の間で結ばれたもので、武装組織の武装放棄などが合意された。

この会議の議長だったのは、軍事政権をかつて率いたテイン・セイン元将軍で、「この合意は我々から将来世代への歴史的な贈り物だ」と自画自賛した。

国軍に忖度した先進国

しかし、自ら少数民族を弾圧し続けた者の発言を鵜呑みにはできない。

実際、8つの武装組織が全国停戦合意に参加した一方、7つの武装組織はこれに参加せず、そのなかにはKIAも含まれた。全国停戦合意ではKIAなどが求める自治権などについて触れられなかったからだ。

なぜ多くの当事者がボイコットするような合意が成立したか。

この全国停戦合意は、国連の他、アメリカ、イギリス、ノルウェー、そして日本などの調停で実現した。ところが、ミャンマーへの経済進出を目指したい各国はミャンマー政府・軍に配慮し、その意向を汲んだ協議に終始した。

その結果、KIAなど7つの武装組織は全国停戦合意を「降伏に等しい」と拒絶したわけだが、これらは軍事政権と対決を続けるうえで西側の支援も期待できなくなったのである。

二股をかける中国

こうした状況のもとでKIAが接近した相手は、まさかの中国だった。

2018年、KIAはミャンマー最大の反政府少数民族組織、ワ州連合軍(UWSA)と同盟を結んだ。UWSAは冷戦時代のビルマ共産党にルーツがあり、歴史的に中国と深い関係をもつ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ

ワールド

トルコのロシア産ウラル原油輸入、3月は過去最高=L
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story