コラム

感染症や生物兵器に備える英保健安全保障局が発足「週2度の国民全員検査」の奇想天外

2021年04月05日(月)18時20分
NHSの女性医療従事者

イギリスの医学会や医療界では女性の活躍が目立つ(写真は国際女性デーを前に撮影されたNHSの医療従事者) Hannah McKay-REUTERS

<医療を安全保障問題と捉える新組織を任されたのは、首相待望論もある女性副主席医務官>

[ロンドン発]ワクチン集団予防接種による新型コロナウイルス鎮圧作戦を展開するイギリスが4月1日、イングランド公衆衛生庁や国民医療サービス(NHS)テスト&トレース(検査・追跡)、合同バイオセキュリティーセンターを統合し、新たに保健安全保障局を発足させた。

最先端の遺伝子工学を使えば、パンデミックを引き起こす人工ウイルスを創り出すことも夢物語ではなくなった。コロナのような新興感染症だけでなく、ロシアから致死性の放射性物質ポロニウム210や兵器級の神経剤ノビチョクで実際に攻撃されているイギリスにとって生物・化学兵器への備えは不可欠だ。

新組織を率いるのはイングランド副主席医務官から抜擢されたジェニー・ハリーズ氏(62)。専門的なコロナ対策を理路整然と簡潔明瞭に説明するクールさにSNS上では「コロナ危機が終息したら、そのまま首相に就任して」という声が上がるほど。

そのハリーズ氏がコロナ鎮圧のため打ち出した新たな一手は、今月9日から数カ月にわたって全住民に週に2度、コロナ感染の有無を調べる迅速検査を実施することだ。無料の迅速検査キットは試験サイト、薬局、郵便局で入手でき、綿棒で鼻やのどの奥を自分でぬぐって検査する。

「膨大な金の無駄遣い」という批判

世界で猛威をふるう英変異株やワクチンを回避する南アフリカ株、ブラジル株のような新しい変異株を国民全員検査であぶり出して根絶するという。早くも「莫大なカネの無駄遣い」という批判が沸き起こるが、四角い眼鏡の奥に秘められたハリーズ氏の信念は揺るがない。

英大衆紙デーリー・メールへの寄稿でハリーズ氏は「定期的で迅速な検査は他の方法では検出できないウイルスの症例を見つけることを意味する。これによって家族や友人、コミュニティーへの感染が妨げられ、最終的に多くの命を救うことができる」と全員検査の意義を強調している。

検査費用は少なくとも5ポンド(約765円)。毎月、5ポンド×2回×4週×2500万人(実施対象)=10億ポンド(1530億円)のコストが発生する。これだけ予算がかかっても全員検査を実施する価値があるとハリーズ氏は断言する。

ハリーズ氏によると、コロナに感染しても3人に1人は症状が出ない。これが「ステルス感染」、つまり、目に見えない感染を世界中に広げてしまった。週に2度、30分で結果が出る迅速検査を全員に実施して「ステルス感染」を探知し、「見える化」して効果的な自己検疫を実施する計画だ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

企業向けサービス価格3月は2.3%上昇、年度は消費

ビジネス

スポティファイ、総利益10億ユーロ突破 販促抑制で

ビジネス

欧州委、中国のセキュリティー機器企業を調査 不正補

ビジネス

TikTok、簡易版のリスク評価報告書を欧州委に提
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story