コラム

矢野事務次官・論文で再燃した「財政破綻」論争は根本的に間違っている

2021年10月26日(火)16時58分
財務省

NAOKI NISHIMURA/AFLO

<財務省の矢野康治事務次官による寄稿で、財政破綻に関する議論が再び盛り上がっているが、現状は両極端な主張ばかりで現実的なリスクが見落とされている>

財務省の矢野康治事務次官が、「このままでは国家財政が破綻する」という記事を月刊誌に寄稿したことが波紋を呼んでいる。日本の財政については「破綻の危機に瀕している」「全く問題ない」という両極端な意見が対立しており、神学論争のような状況である。極論ばかりを戦わせ、歩み寄りが見られないという状況も、ある種の現実逃避である。日本の財政破綻よりも短期的で重大な問題があり、これに対処するためにも財政の健全化が必要だ。

矢野氏は記事中で、日本の政府債務残高のGDP比は先進各国の中でも突出して高く、「どの国よりも劣悪な状態」だと指摘している。日本の政府債務のGDP比は約2.5倍となっており、アメリカ(約1.3倍)、ドイツ(0.7倍)などと比較するとかなり高く、財政が劣悪というのは事実である。特にドイツの財政収支は極めて良好で、一時は新規の国債発行がゼロになった。慢性的に一般会計予算の半分を借金に頼る日本とは大違いである。

同氏は「日本は氷山に向かって突進して」おり「非常に危険だ」と警鐘を鳴らしており、これに対して財界などから賛同する意見が出る一方、政治家や専門家の一部は激しく批判している。今回、財務省の事務方トップが直言したことから大騒ぎになったが、論争そのものは以前から続いており、基本的に「破綻する」「破綻しない」の択一といっても過言ではない。

極論に隠れた現実的なリスク

だが、こうした極論をぶつけ合うだけの論争は危険だと筆者は考える。なぜなら、極論に気を取られている間にも、現実的な問題が発生するタイミングが刻々と近づいているからである。そのリスクとは金利の上昇である。

日本は異常な低金利が続いてきたが、こうした状態が未来永劫、継続するとは考えにくい。実際、アメリカでは金利上昇が始まっており、この流れが長期的なトレンドになった場合、日本国債だけが無関係というわけにはいかない。

現在、日本政府は約1000兆円の国債を発行しているが、金利がゼロに近いため毎年の利払いは9兆円程度で済んでいる。仮に金利が3%まで上昇すると、最終的に政府の利払い費は理論上、30兆円程度まで増えてしまう(国債の平均残存期間は約9年なので、現実には時間をかけて利払い費が上昇していく)。3%と聞くと高いように思うかもしれないが、わずか15年前には2%、80年代には9%だったことを忘れてはならない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、大きな衝撃なければ近く利下げ 物価予想通り

ワールド

プーチン氏がイラン大統領と電話会談、全ての当事者に

ビジネス

英利下げ視野も時期は明言できず=中銀次期副総裁

ビジネス

モルガンS、第1四半期利益が予想上回る 投資銀行業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story