コラム

河村市長の金メダルかじり問題、「モラルの欠如」どころではない深刻さ

2021年08月17日(火)21時02分
河村たかし名古屋市長

時事通信

<他人の大事な所有物を勝手にかじるのは、民主主義社会の根本を成す「自然権」の意識がある人には到底できない行為だ>

東芝の株主総会不正介入疑惑、三菱電機の大規模な不正隠蔽など、このところ企業のモラルが問われる事態が頻発している。個人レベルでも河村たかし名古屋市長が、表敬訪問した五輪選手の金メダルをかじるという信じられない行為に及び批判が殺到した。これらは「モラルの欠如」という話で片付けられることが多いのだが、背景にはもっと深刻な問題がある。

日本社会は以前から所有権の概念が希薄だといわれてきた。所有権というのは基本的人権の1つであり、自然権を根拠としているので憲法や法律よりも上位に位置する。

「これは誰のモノなのか」という概念は、民主主義と資本主義の運営にとって必須であり、最も先鋭的なロックに言わせれば「所有権の保全こそが統治の目的」(統治二論)となる。

だが先述のケースでは、この権利がことごとく無視されている。株式会社である以上、株主は会社の所有権という絶対的な権利を有している。

東芝の不正介入疑惑では株主の権利が侵害された可能性が指摘されており、疑惑が生じた段階で既に大問題と言ってよい。当然のことながら、会社側には徹底した説明責任が生じるはずだが、株主に対してまともな説明は行われていない。

無自覚的に会社を私物化

三菱電機の場合、不正発覚後も株主に重大情報を通知せずに総会を強行し、株主は事情を知らないまま経営陣を再任せざるを得なかった。しかも同社の杉山武史社長は(株主に通知しないことについて)取締役会の了承を得たと虚偽の発言までしている。

おそらく両社の幹部にとって会社というのは自分たちの職場であることから、無自覚的に私物化していた可能性が高い。論理的にその組織が誰のモノなのか理解していれば、株主の権利を侵害しかねない行為など怖くてできないはずだ。

河村氏のケースは「モラハラ」「セクハラ」と批判されており、全くそのとおりなのだが、他人の所有物(しかも金メダルという値段を付けられないほど価値の高い所有物)を、一方的に自分の口に入れるというのは、所有者が誰なのかという感覚を持つ人なら到底できない行為だろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    あまりの激しさで上半身があらわになる女性も...スー…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 5

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 9

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story