コラム

教皇イラク訪問を誤読する朝日新聞の怠慢と不見識

2021年03月25日(木)16時40分

イラクのサリフ大統領(右)と会談する教皇フランシスコ(バグダッド) Vatican Media-Handout-REUTERS

<教皇はイラクのキリスト教徒に希望を与えるために、あえて危険な旅に出たのだ>

3月初め、ローマ教皇フランシスコはカトリック教会トップとして初めてイラクを訪問した。訪問先には2014年に「イスラム国」(IS)が制圧し17年にイラク政府が奪還した第2の都市モスルも含まれており、朝日新聞はローマ特派員名で「今回、教皇がモスルを訪問したことは、イラク政府にとって治安の改善を強く印象づける成果となりそうだ」と報じた。

しかしこれは全くの見当違いだ。

朝日新聞は同記事で「(イラク政府は17年に)イラク全土からISを掃討したと発表した」と記しているが、「掃討」されたはずの「イスラム国」勢力はイラクだけでなく世界各地に残存し、その活動は活発化している。米国務省は3月10日、「モザンビークのイスラム国」と「コンゴのイスラム国」を新たにテロ組織に指定した。イラクでも今年1月には首都バグダッドで連続自爆テロが発生し30人以上が死亡。「イスラム国」が犯行声明を出した。「イスラム国」は、毎週イラクだけで10件前後の作戦を実行していると主張している。

一方イラクでは、イランから資金と武器を得ているシーア派武装組織「人民動員隊(PMU)」も在留米軍や米大使館に対する攻撃を頻繁に実行しており、教皇のイラク訪問2日前にも在留米軍を狙ったロケット弾攻撃があった。ナシリヤなど南部の都市では、19年から反政府デモと治安部隊との衝突が続き、死者が出ることも少なくない。要するにイラクの治安状況は全国的に極めて脆弱なのだ。

最も危険な旅

CNNは朝日新聞の当該記事の出された3日前に、イラクでは新型コロナウイルス感染者に加え暴力も増加していることを理由に、今回の訪問は「最も危険なものになるだろう」という記事を出した。

イラク側は教皇の警備のために米軍によって訓練を受けた特殊部隊も動員、警備要員は約1万人と伝えられた。教皇は安全だからイラクを訪問したわけではない。イラクも治安回復を印象づけるために教皇を受け入れたわけではない。教皇はイラクのキリスト教徒に希望と癒やしを与えるため、あえて危険な旅に出たのだ。

イラクには世界最古のキリスト教徒コミュニティーがいくつか存在する。1987年のイラク国勢調査によると、当時イラクには140万人のキリスト教徒がいたが、現在その数は25万人以下に減少した。サダム・フセインは暴君として知られているが、彼の世俗的統治下でキリスト教徒の安全は守られた。迫害が急速に悪化したのは03年の米軍イラク侵攻とフセイン政権崩壊後のことだ。その後、多くのキリスト教徒が身の安全を求めてイラクを去った。「イスラム国」によって惨殺されたキリスト教徒も多い。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス、拠点のカタール離れると思わず=トルコ大統領

ワールド

ベーカー・ヒューズ、第1四半期利益が予想上回る 海

ビジネス

海外勢の新興国証券投資、3月は327億ドルの買い越

ビジネス

企業向けサービス価格3月は2.3%上昇、年度は消費
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story