コラム

裏切られた中国民主化の夢 「建設的関与」という欧米と日本の偽善

2018年06月16日(土)13時30分

天安門広場に集結した学生たち(89年6月4日、首都北京) Bobby Yip-REUTERS

<天安門事件の犠牲者も香港の「高度な自治」も紙くず扱い――専制国家を読み誤り商売を優先した国際社会にその報いが>

世界は今、中国に対する「誤読」を正し、この大国との向き合い方を再考すべき時期に差し掛かっている。

1949年以来の共産主義体制において、特に89年6月の天安門事件は現代史的な一区切りと考えられる。民主化の実現を求める市民と学生が血なまぐさい弾圧を受けて、一党独裁体制が強化されてから29年が過ぎた。

事件以降、欧米と日本は「中国にはそれなりの事情がある」と誤読し続けてきた。そこには、「建設的関与を続けていれば、そのうち正常な国に変わる」という一方的な期待感があった。

この間、中国は「平和的台頭」を掲げながらも、世界からの天真爛漫な期待を見事に粉砕し続けてきた。中国のこうした典型的な裏切りの例を示しておこう。

まず、「香港返還」での誤読がある。97年7月に英植民地だった香港は「祖国の懐」に返還された。84年にサッチャー政権と鄧小平体制との間で交わされた合意で、中国は香港の「高度な自治」を保障するとした。

それが今や、中国は香港に対する高圧的な態度をむき出しにしている。15年以降、言論の自由を守ろうとした香港の書店主は本土に拉致されて尋問にかけられた。広東語の使用も制限され、北京語による教育が強いられている。選挙が実施されても中国共産党の息のかかった候補者しか当選できない。中国はイギリスとの約束をほごにして開き直っている。

近代の西洋列強による植民地化を「屈辱の歴史」と位置付ける中国が復讐心を燃やし、国際社会と交わした公文書を紙くず扱いするのは分からなくもない。だが16年、オランダ・ハーグの国際仲裁裁判所から出された裁定を「紙くず」と明言したのには驚くしかない。南シナ海の9割を自国の海と主張し、他国との領海紛争を国際法ではなく武力で解決しようとする覇権主義的本質が現れた行動だ。

成り金は共産党員ばかり

2番目の誤読は「民主化」だ。市民や学生の遺体が天安門広場周辺から運び出されて3年もたたないうちに、日本のビジネスマンは「市場経済の拡大によって、中産階級を増やし民主化を促す」とうそぶきながら、商売で北京界隈を飛び回った。欧米と日本が経済制裁を解いた末、今や中国はGDPが世界第2位になった。

それでも中国社会を内部から改革しようとする中産階級は現れなかった。現在、世界中で爆買いを繰り返す成り金はそんな中産階級ではなく、9000万人近くにまで膨れ上がった中国共産党員にすぎない。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京ガス、25年3月期は減益予想 純利益は半減に 

ワールド

「全インドネシア人のため闘う」、プラボウォ次期大統

ビジネス

中国市場、顧客需要などに対応できなければ地位維持は

ビジネス

IMF借款、上乗せ金利が中低所得国に重圧 債務危機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story