コラム

党・軍・思想を握った習近平、権力の源泉は「がめつさ」にあり

2017年10月28日(土)14時00分

習近平は向かうところ敵なしなのか Tyrone Siu-REUTERS

<政敵を一掃し、人民解放軍を解体し、知識人を追放した5年間――長期政権を視野に入れる「狼」の真の支持基盤とは>

北山狼(ペイシャンラン)――これは中国で陝西省北部出身者を指す例えだ。北山とは草木も生えない黄土高原で、中国屈指の極貧地帯として知られる地。口腔の手入れをしない非衛生的な生活に加え、ヒ素を含んだ水を長年にわたって飲用してきた結果、歯並びが悪く黄ばんだ歯の人が多い。

劣悪な環境下で、今でも多くの農民が年収1万円未満の生活を送る。いったん経済的、あるいは政治的な利益にありつくと、しがみついて手放さない。そんな生命力の強い人たちは「獲物を口に入れた狼」と呼ばれるようになった。日本語の「がめつい」に近いかもしれない。

この北山を父祖の地とし、今や中国だけでなく世界情勢すら左右する獰猛な政治家が習近平(シー・チンピン)国家主席だ。1期目5年間の治世の終わりを迎え、10月18日から開催されている中国共産党第19回全国代表大会で長期政権の可能性を掌中に収めつつある。今こそ、習の実績を総括する必要があろう。

まず、「共産主義は人類の最高の理想的な社会」というかつてのスローガンを国民が信じていないのを習も熟知している。彼は自らが師として仰ぐ毛沢東と違い、マルクスやレーニンうんぬんとは言わない。その代わり、着任早々から「虎を打て」と分かりやすい旗印を掲げ、「腐敗分子」一掃を進めてきた。

政権は銃口より生まれる

ライバルの薄煕来(ボー・シーライ)元重慶市党委員会書記と情報機関のトップ周永康(チョウ・ヨウカン)、軍の実力者の郭伯雄(クオ・ポーション)や徐才厚(シュイ・ツァイホウ)など大物の「虎」を「北山狼」は見事にかみ殺し、国民の支持を得た。

しかし腐敗は古来中国の伝統であり、虎を何頭か狩っただけでは撲滅できない。それに習は自分と同じく「太子党」と呼ばれる共産党高官の子弟の利益に触手を伸ばそうとしない。反腐敗も権力奪取の手段にすぎない、と北京のアナリストたちは分析する。

次に、習は軍の最高司令官として、毛時代から続いた軍区から成る人民解放軍の改革にも着手した。政権は銃口より生まれる、という共産党独自の論理を習は絶対に忘れない。7大軍区から5大戦区に再編し、軍区内で派閥主義で固まっていた「集団軍」(複数の陸軍師団で構成)にもメスを入れた。

さらに福建省幹部時代に親交を重ねていた少壮軍人を次々と抜擢。各戦区の司令官や、陸軍に代わり増強された海・空軍の指揮系統に充てた。「海洋強国」を実現させようと、北山狼は乾燥地から海原に出てきて、南シナ海や東シナ海の隣人に向かってほえだしている。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

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