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中国航海士・笈川幸司

笈川幸司|中国

第8回 四川省で集中講義をして来ました。

四川省の大学の日本語学科から招待していただき、二週間集中講義をして来ました。

手続きをしてくださった担当の先生は、昨年体調を崩し、わたしの成都到着日に空港に車で迎えに来てくださいましたが、その週の水曜日、手術で腫瘍を摘出し、週末まで休み、月曜日からまた出勤するというハードな生活を送っていました。

その先生は、「今の二年生が一年生の時、半年間、オンライン授業を受けていたせいで日本語力が伸びなかったので、今学期の授業中、発言する学生もおらず、日本語力も高くない。でも、がっかりしないでください」とおっしゃり、「笈川さん、彼らを変えてあげてもらいたい」という願いを伺ったので、四川省まで飛ぶことを決意しました。といっても、わたしはウルトラマンではないので、スペシウム光線を出すことができません。当たり前のことを、コツコツ、コツコツ、積み重ねて行くよりほか方法がありません。

幸運だったのは、大学の先生方がわたしを信じてくださっていたことです。もしかしたら、これが勝負を分ける鍵かもしれません。

二年生は7グループ61名でした。大教室を借り、50分授業2コマ、これを二週間で計8回行いました。16時間で学生がどれほど変わるか、やってみたこともなく、正直不安でしたが、後にも引けず、やるだけのことをやろうと思ってスタートしました。最初の授業、事前に学生たちのレベルかを聞いていたので、初歩的な問題でも、「この間違いは恥ずかしくない!正常、正常!できる方が異常!」と言い続けました。すると、最初の30分で教室の雰囲気が一変し、暖かく感じられました。わたしの授業では、たくさんの学生を指名し、朗読、発言してもらっています。この形式の授業をスムーズに進めるためには、雰囲気作りが重要になります。わたしは言い続けました。「もし読み間違えても、言い間違えても、あなたのメンツを潰しませんし、あなたの心を傷つけませんし、あなたを批判しません」と。

これは、もはや宣言ですが、「できないのが正常!」の後、空気が温まったタイミングで、このように畳み掛けなければ、次のチャンスはいつ来てくれるかわかりません。幸い、機を逃すことなく、学生たちの暴れだしそうな恐怖心を抑えることに成功し、初日を終えることができました。

幸運だったのは、各グループに担当教師がいて、学生たちに宿題をするように促してくださったことです。宿題自体は難しくありません。30秒間録音するだけです。やろうと思えばすぐに終わります。しかしながら、録音しなければいけないというプレッシャーが膨れ上がり、プレッシャーを感じた瞬間に、簡単な宿題が面倒な作業へと変貌します。1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、時間が経つほどすぐに終わる宿題が重くのしかかって来ます。担当教師の存在がなければ、プレッシャーに押しつぶされてしまう学生が半数にのぼったでしょう。

今回、各グループのグループ長がどんなに遅く提出したとしても、3つ褒めることを自分のルールにしました。早く提出したグループ長には、「リーダーシップがすごい」というテーマで、3つの褒め言葉を並べ、夜中にやっと提出したグループ長には「その我慢強さがすごい」と褒めました。わたし自身、学生の日本語の上達をサポートするのは、謙遜を忘れて「得意だ」と言ってしまうほどなのですが、部下を育てるのは苦手で、自分の思い通りに行かないと、すぐに腹を立ててしまいます。そこで、今回、グループ長はわたしの部下とは言えませんが、自分の部下だと思って接しました。そして、自分が思い通りにいかないときでも、褒めて褒めて褒めまくりました。

61名全員が毎日宿題を提出してくれました。現代病かもしれませんが、心を病み、抗うつ剤を飲んで授業を受け、いつも頭がぼんやりしているという学生も参加してくれましたし、宿題を毎日提出してくれました。毎日毎日元気いっぱいのクラスメイトたちに励ましてもらったからか、二週間何事もなく過ごすことができたようです。

さて、グループ長一人一人を褒め称えるという、これまで経験したことのないことをやってみました。それがよかったから全てがうまく行ったとは言えませんが、これは成功の要因ではないかと思っています。

先生方が協力してくださったのは、毎日7名の先生一人一人に、朝一番、夜就寝前に感謝の言葉を送っていたからかもしれません。

二週間の小さなプロジェクトの成功で成功談を語るのは、とてもみっともない事かもしれませんが、スキルでこなした成功ではなく、広くもない心を広くし、やさしくもない心をやさしくして、辛抱強くもないくせに辛抱強いふりをしながら二週間過ごし、それが自然体と言いますか、慣れて来て、無理も無理じゃなくなって来たのです。もしかしたら、実は、広い心、やさしい心ははじめからあって、もともと自分は辛抱強い人間なんじゃないかと思えるくらい自分の中で成長と変化を感じることができました。

以下は、アシスタント役として参加してくださった先生方の言葉です。

「心傷つきやすい今の大学生たちにぴったりの授業でした」

「最初のひと言。決心=種!あなたに決心がなければ、わたしが頑張っても効果はない!とおっしゃったおかげで、学生たちにスイッチが入りました」

「学生の心に種が芽生え、二週間で花が咲きました」

「見事に学生たちを変えてくれました」

授業7日目に61名全員が舞台に立ちました。発表会では、「声が小さ過ぎて、誰にも聞こえない!」と言われていた学生たちが、別人のように堂々と大きな声で発表してくれました。わたしが四川省から杭州に戻った翌日、各グループから1名ずつ選抜され、大学内でスピーチ大会が行われたそうです。学部長の先生の言葉をお借りすると、「史上最高のコンテストだった」とのことです。

ある男子学生の言葉です。「笈川先生は、ご自分のことをウルトラマンではない!とおっしゃいましたが、先生はウルトラセブンのモロボシダンに似ていらっしゃいます。間違いなく、私たちを助けてくださったウルトラマンです!」

ここまで書いたら、「ダサい!」のひとことしかありませんが、協力してくださった先生方に恵まれ、一生懸命に頑張ってくれた学生たちに恵まれ、最高の成績を手にすることができましたので、たまには、自慢話をして、周りに悪い印象を残し、次の信頼回復まで時間を費やすくらいがちょうど良いと思いました。

こちらの勝手な思いを読者の皆さんに押し付け、不快な気持ちにさせてしまったなら申し訳ありません。しかし、もしこのようにしなければ、次の一歩を踏み出せないと思いました。次の一歩を踏み出すため、どうぞお許しください。

 

Profile

著者プロフィール
笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。

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