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農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり

森田早紀|オランダ

牛乳を大量消費する世界のトイレと化したオランダ

(筆者の友人Robin Willemsen撮影 2020年 実家が酪農を営んでいて、乳牛を飼っている)

私たちは皆、生きるために、食べ物・飲み物を消費しては、老廃物を排泄している。

面白いことに、人間にとっての老廃物は、自然界にとっての資源。生まれたものは栄えて子孫を残し、衰え、死に、分解されて次の命をはぐくむ。一個体の命も、細胞単位でも、循環するのが自然である。しかし今の時代、私たちは農産物の生産スピードを過度に上げている。これは、増え続ける世界の人口を養うだけでなく、肥え続ける我々の舌と膨らみ続ける我々の欲望を、せっせと餌付けするためである。生産・消費のスピードが不自然なほど速いため、分解が追い付かないのだ。

酪農も例外ではない。

オランダでは、牛乳生産の効率化を追い求めた結果、その狭い土地では処理しきれないほどの糞尿の処理に頭を悩ませている。糞尿そのものの存在だけではなく、それに含まれる窒素やリンによる、土壌・水質汚染も深刻な問題だ。オランダは生産した牛乳の7・8割を輸出しているが、生産する過程で出た糞尿はオランダの土地にとどまる。ゆえに乳製品輸入国の「トイレ」となっている。

今回は、その問題の背景と原因・影響、解決への道を探ってみよう。

オランダの「トイレ」をピカピカにする鍵は、いや、「トイレ」から「命の源」に変える鍵は、身の丈に合った生産・消費にあると思う。

~オランダの酪農:統計~

オランダの酪農について大まかな感覚をつかんでいただくために、主な統計を紹介しよう。

まずは規模。2018年、オランダでは160万頭の経産牛が、16963の農家で育てられていた。つまり平均的な酪農家は96頭の経産牛を飼っていた。一頭は平均して年間8684キロの牛乳を生産した。

対比のために、日本の数値も上げよう(2018年度):84.7万頭の経産牛、15700件の酪農家(平均54頭の経産牛)、一頭が生産する乳は平均して年間8636キロ(全国合計728万トン)

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(筆者の友人Hannah Hartley撮影 2019年9月 オランダの酪農家見学。85頭の経産牛がいる。ホルスタインとフレックフィー種の交雑種)

一年間に合計1400万トン生産されるオランダの牛乳は、どのように、そしてどのような消費者へ届けられるのだろうか。さすがチーズの国オランダ、牛乳の55%はチーズに、14%は粉乳に、2%はバターに加工され、4%は牛乳として売られる。ちなみに日本では、生乳の半分ほどが飲用牛乳となる。

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(筆者撮影 2020年10月 マーケットで売られる様々な種類のチーズ)

そしてなんと、オランダで生産される牛乳のうち7割が輸出される。

一番の輸出先は欧州(輸出金額に占める割合69%)。それに続くのが、中国(12%)日本(6%)韓国(5%)で、中東やアフリカ、その他地域にも僅かながら輸出される。チーズ・バターは欧州などの先進国が、粉乳はアフリカや中国、中東が主な買い手だ。

~オランダの酪農:取り組みと課題~

アメリカやオーストラリアなど、広大な土地がある国では、大量生産・動物工場モデルで生産量を増やすことが多い。一方国土が狭いオランダでは、限られた土地での生産効率を最大化する必要がある。飼料の栄養・動物の健康と生産性を重視し、搾乳機の自動化・IT技術などをフル活用している。実際、オランダの酪農家の20%強が自動搾乳機を使っているらしい。

また、動物福祉も重点だ。いくつか例を記そう。牧場の86%に牧草地があり、牛は新鮮な空気や草を楽しむことができる。また、自動搾乳機のお陰で、牛たちは自分の搾乳時間を選ぶことができる。

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(筆者の友人Hannah Hartley撮影 2019年9月 オランダの酪農家見学、搾乳機。この酪農家では一頭当たり、一年に約9200㎏の牛乳を生産する)

忘れてはいけないのが環境問題である。特に産業化した現代の畜産業は、メタンガス・アンモニアガス排出、土壌・水質汚染、抗生物質の使用による薬剤耐性菌の出現、生物多様性の損失などに大きくかかわっているのだ。

今回の記事で取り上げるのが窒素だが、その前に一つ、先駆的な取り組みを紹介しよう。

ロッテルダム港の近くに浮かぶ牧場。気候変動により海面が上昇した際、低地の国オランダに及ぶ被害は甚だしいそう。そこで牧場を水の上に作ってしまうことで、心配をなくそうという試みだ。環境面を重視しており、例えば太陽光発電、雨水の利用、糞尿の処理をこの施設内で行っているとか。

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(筆者撮影 2020年12月 ロッテルダムの浮かぶ牧場)

~窒素の循環と酪農~

窒素はアミノ酸の、アミノ酸はタンパク質の構成要素だ。そしてタンパク質は、臓器・皮膚など物理的な構成と、酵素・ホルモンなど体の働きを調整する物質として存在する。つまり、我々動物に加え、植物や菌類などの生命に欠かせない元素である。そして、窒素N2は大気中の78%を占めるほどそこら中にある。

しかし悲しいかな、我々 動植物は、大気中のN2を直接取り込むことができない。

ではどうしているのか。簡単に説明すると、動物は他の動植物を食べること、植物は土壌微生物の力を借りることで、窒素を体内に取り込んでいる。詳しくは下の図やネットを見て頂ければと思う。下の図からはさらに、窒素が大気・動植物・土壌微生物の間で循環していることがわかるだろう。

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(筆者作成・撮影 2020年10月 窒素の循環)

この循環の中で動物は、他の動植物を食べて体内に取り入れて消化・再合成し、自分の体の一部となった窒素を、排泄物や死骸という形で土に還す。従って糞尿には窒素化合物が含まれている。例えば乳牛の糞の4%は窒素分尿の2%は尿素という窒素化合物で構成される。

これらの窒素化合物は土壌微生物が分解した後、植物に吸収される。昔から家畜や人間の糞尿が堆肥として使われてきたのは、それに含まれる窒素(やリンなど)が植物の成長を促すからだ。しかし、過ぎたるは猶及ばざるが如し。植物が吸収できる窒素化合物が過剰に存在すれば、作物が吸収しすぎてしまい、硝酸態窒素の健康問題になる。もしくは、作物が吸収しなかった分は、雑草を肥やしてしまう。

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(筆者撮影 2019年2月 ミミズ堆肥作り。コーヒーの搾りかす⇒キノコの栽培地を使っている)

また、植物に吸収されなかった場合は、土壌に浸透したり、水に流されたりする。湖に大量に流れ込んだ場合は、富栄養化が進んで藻が大量繁殖する。そうなると酸欠・暗闇状態になり、そこに住む他の動植物が生きられなくなる。

さらに、糞尿や土壌に含まれるアンモニアは空気中に揮散することがあるのだ。

大気中のアンモニアや窒素酸化物NOx(主な排出源は工業)は微細な粒子として漂い(エアロゾルと呼ばれる)、スモッグ・植物への被害・土壌の酸性化等を引き起こす。酸性化した土壌では、植物の根による養分吸収が妨げられるため、石灰や肥料を撒かなければいけなくなる。

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(筆者撮影 2020年9月 オーガニックブドウ畑での土壌の分析。トラクターの後ろに機器を装着して行っていた)

実際にオランダでは、土壌pHを中和するために石灰を撒くことが不可欠だそうだ。

~牛の排泄物は汚染物か資源か~

牛の糞尿は昔から、畑の堆肥として使われてきた。これは大昔からの窒素循環の仕組みを見ても、自然なことだった。しかし、生産性を追い求めてきた現代社会では、循環が途切れてしまっている。

オランダでは堆肥にしようとも、生産される糞尿の量が多すぎて使いきれないのが現状だ。一定の土地に施してよい窒素やリンの量は法律で決まっている。耕作地に施していい家畜の糞尿由来の窒素の量は、年間170キロ/ヘクタール。これはヨーロッパ連合全体の数値だが、オランダでは、土地の80%以上が牧草地の酪農場に限り、230-250キロ/ヘクタールという特別な上限が設けられている。それでも窒素の排出量はなかなか減らず、むしろ増加した。

(10月27日追記:オランダの酪農家の8割が、自分の土地で使える上限を超える量の糞尿を生産している。余剰分はまず運送業者に€10-23/トンを払って引き取ってもらい、運送業者は畜産以外の農家に€3-10/トンを払って引き取ってもらう。つまり、糞尿は単なる資産ではなく、処分費用を伴う負の資産なのだ。)

ゆえに、2015年にオランダ政府は、窒素排出を伴う活動(例えば道路の新設)を許可制にすることを発表した。

ちなみに、窒素酸化物とアンモニアを大気中に多く排出する産業は、農業(43% - うち半分が牛)のほかに、運送業(36%)工業・エネルギー産業(10%)建築業(1%)などがある。オランダでは新築住宅の需要が伸びていて、建築工事を続行するために家畜の数を減らす、などということが行われている。

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(筆者撮影 2020年7月 環境に配慮した村エコビレッジで建築のボランティアをした時の様子。窒素排出についての話は聞き忘れた)

これらの制限を受けて、酪農家は泣く泣く、農場当たりの牛の数を減らした。廃業に追い込まれた酪農家も多数あった。痛みを伴いながらも、2011年から2016年まで右肩上がりだった牛の数は、2018年までの2年間で7%減った。糞尿からの窒素排出量も2019年にやっと、オランダの乳業に設けられた上限、2.8億キロをわずかに下回った

今年の春、オランダ王国農業・自然・食品品質省は、乳牛の濃厚飼料に含まれるタンパク質を制限し、窒素排出を0.5%減らすという案を提出した。しかし、夏の乾燥で牧草の生育が悪く、濃厚飼料の代わりとなるタンパク質源が確保できないということで、廃案となった。加えて、濃厚飼料を規制したとしても、家畜の健康を保つためには別の形でタンパク質を補わなければいけないため、無意味だという批判もあった。

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(筆者撮影 2019年8月 ノルウェーの牧場で。牧草を発酵させてサイレージにする)

政策以外に、窒素「危機」に対応する技術開発も進んでいる。

オランダの家畜産業から出る糞尿の90%は液体だ。従ってほとんどは液体肥料として、耕作地に「注射」される。さらに養豚・養鶏場からのアンモニアガス排出を削減するために、空気洗浄塔の技術も発達した。液体肥料の注射と空気洗浄塔のお陰で、1980年代に比べ、アンモニア排出は60%削減できたらしい。

しかし、いくら対処療法にお金を費やしても、いくら法律で規制し、最先端技術に投資し、生産効率の良い牛を交配しても、需要と欲は膨らみ続ける訳だ。もっと、もっとの欲は止まらない。「解決策」を作り出す企業だって売らなければお金にならない訳で、問題があることは好都合だし、どうにか消費者の欲を刺激し続けると思う。

一回止まろう。

今のやり方は、環境だけでなく、人も動物も無理させていないか。こんなに安く、様々な種類の商品を買う必要はあるのか。辛くないか、虚しくないか。身の丈に合った生産と消費を見直したい。そして、それを可能にするためには、どんな変化が必要なのかということも。

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(筆者撮影 2020年7月 オランダのパーマカルチャーガーデンでせっせと土を耕し草や残飯を食べ、糞尿で土を肥やしていた豚たち。家畜も身の丈に合った規模のエコシステムにおいては、自然資源の循環に不可欠な存在だ)

身の丈に合った生産・消費をして生活を見直せば、汚染源となってしまった糞尿は、再び資源となるだろう。

~終わりに~

ある国が、農業分野において「世界のトイレ」となるとは考えてもみなかった。しかしアマゾンが「世界の肺」と呼ばれるのと似たことだろう。さらに考えてみると、牛の餌を大量生産しているアメリカ・ブラジル等は世界の肥料・農薬の捨て場(日本もゴミ捨て場となっているという話はまたあとで)、沢山の家畜を育てているオーストラリア等は世界の水飲み場となっているわけだ。

効率を最大化するために起こった国際分業・大規模化。私は貿易やビジネスを否定するわけでは全くない。しかし、今のやり方では無理があることが目に見えているため、対処療法ではなく根本から生活と社会の在り方を見直す必要性を強く感じている。

オランダは世界のトイレだけでなく、「欧州の排水溝」とも呼ばれているが、このことはまた別の機会に書こうと思う。

 

Profile

著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に目覚め、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ。ただいま農業応用科学大学の3年生。大学卒業後は地元で百姓になり、楽しく優しい社会を、農を軸に皆と築きたい!オランダで生活する中、感じていることをつづります。

Instagram: www.instagram.com/seedsoilsoul/

YouTube:seedsoilsoul お百姓さんになるぞ!

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