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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

欧州グリーンディールを脅かす共通農業政策CAP

クレジット:Chris Strickland

#VoteThisCAPdownがベルギー、ドイツなどでトレンド入り

先週、欧州議会は共通農業政策(CAP)の改正でもちきりだった。そして23日金曜日の採決を前にして、#VoteThisCAPdown がベルギー、ドイツ、オランダ、スウェーデンなどでトレンド入り。「このCAP改正法案に反対票を」という意味だ。

小国ベルギーの首都ブリュッセルにはEUの諸機関が集まり、事実上EUの首都ともいわれる。その一つ欧州議会は加盟27カ国の欧州議会議員(MEP)合計705人から成る巨大な議会。そこでEU全体で扱う案件が討議される。EU共通農業政策もその一つ。

ツイッターで論争が起こるとも思いにくい渋いテーマを、欧州市民の課題に押し上げたのは、グレタ・トゥーンべリをはじめとする「未来のための金曜日」の若きリーダーたちが「環境と生物多様性を破壊する集約的農業の転換を」と呼びかけたことが大きい。彼女たちのビデオは543.3K再生されている。老舗の環境団体、野鳥の会やパンダ印の世界自然保護基金も動いた。欧州議会議員の20%を占める緑の党の議員が議会の情報をどんどんツイッターにあげた。

Greens.jpg @GreensEFA

歴史的にCAPの大規模な農業補助金はヨーロッパの全体の農業を底上げし、国際競争力をつけ、生産を拡大、輸出を伸ばしてきた。80%の農業補助金が農民の20%しか占めない大規模農業企業や大土地所有者に払われ、集約的な農業を促進してきた背景がある。ヨーロッパの巨額の補助金に支えられた農産物はアフリカなど他の国の市場を壊してきた。農薬と化学肥料を大量に使う大規模農業が生態系に影響を与え、生物多様性を著しく破壊している。

実のところ、大規模化したヨーロッパの農業産業は化石燃料産業に続く2番手の気候変動問題の貢献者であり、過去40年にヨーロッパの農地を飛来する野鳥の57%が喪失したと報告されている。

欧州委員会(EUの官僚機構)から上がってきた法案は、このような農業を持続可能に転換するための改革が少なからず含まれていた。それを欧州議会の三大党派である保守(EPP), 社会民主(S&D)、リベラル(Renew)が事前の協議でとことん薄める姿勢を決めた。その結果、もともとのCAPと大して変わらない法案となり、「このCAP改正法案に反対票を」というキャンペーンが産まれたのだ。

この先7年に及ぶCAPの予算は約4000億ユーロと巨額で、なんとEU予算全体の3分の一に当たる。結局のところ賛成425票、反対212票、棄権51票で新CAPは採決された。市民的要望は退けられた。下に明らかのように三大党派の多数は法案に賛成、緑の党(Green/EFA)は全員反対、統一左派同盟GUE/NGL)のすべてが反対か棄権した。

WWF.jpg @WWFEU

もう少し丁寧に国別に見ると興味深い図が浮かび上がる。社会民主(S&D)は割れた。ドイツとオランダのS&D議員は反対票を投じた。農業大国で既得権益が強いスペイン、イタリア、ポルトガル、ポーランド、フランスの多くの議員は賛成した。

即座に「未来のための金曜日」のリーダーたち100人は「EUのリーダーたちへ」という公開書簡を新しいハッシュタグ #WithdrawTheCAP と同名の特別サイト を立ち上げて応戦。公開書簡は「あなたたちは温度上昇を2度以下に抑えるというパリ協定の約束をまたもや裏切った」と激しく非難し、「欧州委員会はCAPから全面的な撤退を」と呼びかけた。昨日の夜は1万人台だった署名が今日の朝見てみると22778人となっていた。彼(女)たちのスピード感はすごい。

「闘いは終わっていない。私たちが『終わった』と言ったときが終わりのときだ。」という10代のリーダーたちの言葉に震える。書簡が指摘するように法案は欧州委員会に戻る。EUが「人類が月に到着した」時に匹敵するほどの大転換と謳う欧州グリーンディールは、脱炭素化社会への転換のための大規模な公的投資で2050年までに気候中立を目指す。「農場からフォークまで戦略」と「生物多様性戦略」欧州グリーンディールの中核として策定済みで、公正、健康、持続可能な総合的な食システムを目指している。今回のCAPはグリーンディールと完全に整合を欠いていると激しく批判されている。欧州委員会も相当の圧力を感じているはずだ。

EU政策監視NGOのオリビエ・フーデマンは、連れ合いなので週末にも関わらずインタビューに答えてくれた。「CAPはこれまでに普通の人の目に触れることも注目されることもなかった。大規模農業とアグロビジネスのロビー団体Copa-Cogecaと農業既得権益に近い議員たちが粛々とすすめていた。それが今回市民の大きな批判にさらされたこと自体が画期的。グリーンディールは環境を破壊する既得権益を欧州市民が許さない有効な根拠になっている。」 農業政策を長く追っているオリビエのの同僚の記事は、この度の経緯を詳しく伝えている。

欧州グリーンディールは今までにないレベルの公共投資を掲げるフラッグシップ。この巨大な船の舵取りは文字通り市民にかかっている。EU市民の税金が財源なのだから、監視して、一つ一つを丁寧に闘っていかないといけない。市民が何もしなければ、グリーンディールは強大な資金とパワーと持つ産業ロビーと資本と既得権益に都合のいいものにしかならないことは明らかだ。 #VoteThisCAPdownの経験は欧州議会の弱さを露呈したし、市民はグリーンディールを本質的なものにするために闘う経験と手ごたえを得た。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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