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イタリアの緑のこころ

石井直子|イタリア

山の静寂と自然を守れ - 感染下あふれる車と旅行者に、登山者・自然環境保護者の訴え

フィアストラの奇岩群。雨水の浸食によってできた岩の造形が美しい。 2020/6/21 photo: Naoko Ishii

 イタリアでは、日頃は野山を訪れない人も屋外での散歩や食事を楽しむ日が年に2回あります。春の復活祭翌日、パスクエッタと夏、815日のフェッラゴストです。この2日については、人気のある山や高原、渓谷などが、以前から大勢でにぎわい、そのために道路が渋滞することもよくありました。この2日やその前後に関しては、普段は、数人の地元の人にしか出会わないような山や渓谷でさえ、見かける散歩客が増えていました。

 それが、昨年、イタリアで3月上旬から2か月にわたった新型コロナウイルス感染拡大抑止のための外出・移動規制の解除が始まって以来、週末に山で見かける旅行客が急増しました。昨年6月、日曜日にマルケ州フィアストラ湖のトレッキングコースを歩いたときは、湖畔の道路に路上駐車をする車が延々と並び、山中の道でありながら、大勢が群れ歩くところさえありました。自然公園の係員も、「こんなに大勢の散歩客は、例年はフェッラゴストしか見たことがない」と驚いていました。感染を避けて、外出先として屋外を好む人が増えたためでしょう。

 ウンブリア州のカステッルッチョの高原は、赤いヒナゲシや青いヤグルマギクなど、野の花に彩られて美しいからと、花盛りの時期は、例年から週末には観光客でにぎわっていました。そのため、わたしたちは、人が少ない平日に行って、ゆっくり訪ねるようにしていました。ところが昨年は、高原の花が美しい頃、かつてないほど大勢の旅行者と車が平日も押し寄せ、週末などは、自然公園である高原への道が渋滞して、果てしなく車の列が続く状況となり、地方ニュースではしばしば、訪問者の苦情と共に、自然環境の汚染を懸念する声を伝えてしました。そのため今年は、花が見頃となる時期の週末は、自家用車での乗り入れが禁止となり、ふもとの村から高原へのシャトルバスをあらかじめ予約してバスで訪ねることとなったのですが、その結果、地震に次いで感染拡大のために大きな被害を受けた地域の店では、来店客や売り上げがかつてに比べて大幅に減少したとのことです。

 アブルッツォ州のグラン・サッソの広大な高原、カンポ・インペラトーレも、夏は涼しい上に野の花に覆われて美しく、かつては週末こそ駐車場や路傍に車があふれ、訪問者で混雑したものの、真夏でも平日は、ゆったりと登山ができていました。けれども、昨年からは、平日も車やバイク人であふれ、かつてのように自然の美しさや静けさを楽しむのが難しくなりつつあります。

 8月20日付のラ・レプッブリカ紙の記事、「ドロミーティ渓谷の峠で失われた静寂」は、登山家、ラインホルト・メスナーの次のような訴えを伝えています。「至るところに車があふれ、旅行者はと言えば、30分、長くても1時間、バイクの騒音が聞こえる中を散歩するばかりだ。景観を車が損なうことのないよう、旅行者は皆、車を町の駐車場に駐車して、他の手段で山に来て、山歩きと静寂を満喫するべきだ。でなければ、ドロミーティに来ても、1年の残りの11か月と同じ日々を送ることになる。山のすばらしさを体験することは、客の選択肢ではなく権利なのだ。」記事には、こうした問題の解決策として、駐車場を整備して、峠への車でのアクセスを制限することなどが挙げられています。

 先日も、わたしたちが、フェッラゴストからまもない金曜日に、シビッリーニ山脈を訪ねると、平日だというのに、車と人であふれていました。本当に山を歩きたいからではなく、涼みたいから、山の食事を楽しみたいからと車で来る人が大半であり、山の自然を楽しむためというよりは、感染を避けるために屋外を好んで山に来るけれども、単に都会の暮らしと喧騒を山に持ち込むだけという人も、残念ながら少なくないように思います。実際、音楽をにぎやかに流して、料理をふるまう店が、登山口のすぐ近くにあり、大勢でにぎわっていました。

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フェッラゴストも過ぎた平日に車と人でにぎわうシビッリーニ山脈 2021/8/20 photo: Naoko Ishii

 従来から山で歩くのを好むわたしたちは、山の混雑ぶりに辟易し、人々が、山は自然を尊重し楽しむものだと、学べるようにしていく必要があると感じていたのですが、今回、ラインホルト・メスナーの訴えを読んで、なるほど、たとえば、車で行けるところ、駐車できる場所に制限を設けて、取り締まりを頻繁に行ったり、あるいは、観光案内所で、山でできる様々な活動や、それぞれの登山者に合った登山コースを選べるような展示や説明を行ったりするなど、地方自治体や自然公園などが、旅行者が、山に来れば自然の中を歩いて、その楽しみに気づけるような環境づくりをしていくことが大切なのだと、思いました。引用した記事にも書かれているように、多くの旅行者が来れば利益が大きくなると考える店や企業と折り合いをつけつつ、自然環境を守っていくことは、行政にとって勇気と決断が必要であるものの、イタリア全国でこうした問題がこれ以上悪化しないためにも、不可欠だと思います。

 

Profile

著者プロフィール
石井直子

イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。

ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia

Twitter@naoko_perugia

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